第3話

佐野志保との対話から数日後。俺は、彼女の真摯な問いかけと、独占欲と友情の狭間で苦しむ姿を思い返し、自身の「宿題」の重みを改めて感じていた。そんな中、鈴木美保から、二人きりで話したいという誘いがあった。場所は、大学の図書館の片隅にある、人目の少ない休憩スペース。美保が何を話したいのか、そのクールな表情の奥にある本音を探ろうとしながら、俺は彼女の向かいに座った。


今日の美保は、シンプルな白いシャツに、黒のタイトスカートという、普段と変わらない洗練された服装だった。そのすらりとした長身が、図書館の静かな空間でも、ひときわ目を引く。


「本田くん。今日は、ありがとうございます」


美保は、静かに、しかしはっきりとそう言った。その声は、いつもと変わらないが、その瞳の奥には、どこか真剣な光が宿っている。


「私、卒業後の進路について、具体的なビジョンがあります」


彼女はそう切り出し、自身の就職先やキャリアプランについて、具体的かつ冷静に語り始めた。大手IT企業への就職を目指しており、将来的な転勤の可能性や、海外勤務の可能性も視野に入れているという。


「……最終的には、海外の研究所で、最先端のAI研究に携わりたいと考えています。そのためには、大学院への進学も、選択肢に入っています」


美保の言葉は、俺を圧倒した。彼女の知的な一面と、将来を見据えた現実的な思考が、改めて俺の心を揺さぶる。彼女は、俺たちとの関係さえも、自身のキャリアプランにどう影響するかを、客観的かつ論理的に分析しているかのようだった。


「この関係が、私のキャリアにどう影響するか。それを、私は冷静に分析しているつもりです」


美保は、視線を俺の顔に固定したまま、そう言った。その言葉には、一切の感情の揺れが見られない。だが、そのクールな表情の裏に、何かが潜んでいるのを俺は感じ取った。


「本田くんは、佐野さんと菊池さん、そして私と、それぞれ関係を持った。それは、私たち全員が、あなたを深く信頼しているからこそできたことだと思っています」


美保は、そこで一瞬言葉を切った。


「……私は、人付き合いが苦手だから、本田くんがいないと、きっと、孤独になる。この関係が自然消滅してしまうのは、何よりも嫌だ」


彼女の声は、普段の無口さからは想像できないほど、感情のこもった声だった。


「だから、私は、本田くんの前では、こんなにも饒舌になるの。言葉にしなければ、伝わらないことが多いから」


その言葉に、俺は美保の忠勝への深い依存と、そして彼女の人間的な弱さを感じ取った。彼女は、クールな仮面の下に、繊細で孤独な心を隠している。そして、俺ならその孤独を埋めてくれると、信じているのだ。


「そして、本田くん。美保の中で本田くんが一番であれば、本田くんの中で私が二番目でも三番目でもいいと思っているところがあるの。それが、私の本音」


美保は、そう言って、俺の目をまっすぐに見つめた。その瞳には、深い愛情と、この多角的な関係性を受け入れるための、彼女なりの覚悟と諦めが混じり合っていた。俺への絶対的な信頼と、関係の自然消滅への嫌悪。そして、俺を独占できないことへの諦めと、それでも俺との繋がりを求める、深い依存。彼女の複雑な本音が、俺の心に突き刺さった。


「本田くんは、どのような『答え』を出すつもりですか?」


美保は、自身の将来への展望と、忠勝への本音を語った後、俺の「答え」に何を期待しているのかを問いかけた。


「あなたの選択が、私のキャリアや、私の人生に、どう影響するのかを、私は冷静に知りたい」


彼女の問いかけは、忠勝の優柔不断な性格を揺さぶり、真剣な「答え」と、それに対する「論理的な説明」を求めるものだった。彼女の未来が、俺の選択にかかっているという重圧が、ずしりと俺の肩に乗しかかる。


美保の冷静な分析と、彼女のクールな外見からは想像できない深い依存、そして複雑な本音に触れ、俺は自身の「人生の選択」の難しさを改めて痛感した。佐野志保の「独占したい」という願望と、鈴木美保の「キャリアと関係性の両立」、そして「2番目、3番目でも良い」という複雑な本音。これら全く異なる価値観を、どう調和させるのか。


美保の言葉は、俺に、恋愛だけでなく、将来の「生活」や「社会」といった現実的な視点から、この関係性を考えるきっかけを与えた。彼女の視点が、俺の「答え」を導き出す上で、重要な要素となるだろう。俺は、彼女の知的な探究心に、パートナーとしての魅力を感じ、彼女に「選ばれ続ける」ためには、自身も常に成長し、彼女の期待に応える必要があると自覚した。

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