第19話 再起
「さあ、立ちなさい、二人共」
「妖精王さま、
妖精王の手を取って、涙ながらに感謝している。
「礼を言うなら、あのお
そなたも長い苦痛を
「いと
「ありがたい限りでございます……。どうぞよろしくお願いいたします」
「して、クラウスくん、君もご
「
姉の言葉を受け、水蓮はためらいなく
本来ならば、水の宮は、水の
しかし龍王であり、エフォリアをも
龍宮がつつがなく役目を果たせる
水蓮と黒曜を
水の宮は、水に属する存在には
「それは
姉弟の
と、さらなる冷気が風の宮に
「クラウス!」
切なげな呼び声で、ユリアを始めとする、氷精の一団が来訪したのだと知った。
クラウスは
「ユリア!」
純白の粉雪が
駆け出しながら、クラウスも大きく腕を広げる。
「クラウス……!やっと、やっと……!!」
涙で言葉にならないユリアは、ぶつかりあうようにクラウスと互いをかき抱いた。
しばし愛しい胸に顔を埋めた後、水晶のような涙の光る顔を、ユリアはフロリンダに向ける。
「ありがとうございます、フロリンダさま……風の宮で異変が起きたと聞き、よもやと思い、こちらに参った
フロリンダさまが、我らの長一族のために
「風の君、僕からもお礼を言わせてください、兄のことも……本当にありがとうございます」
それぞれに盛大に感謝され、フロリンダは
「あなた方がそれぞれ、
フロリンダの
丁寧な
「
我々の呪いを解くばかりでなく、レイの負った
ハルヴァルドは厳しそうなひとではあるが、レイによく似た冷たいほどに整った
クラウスは、しとやかな優しい面差しの母君に似ている。
「母のリーヴと申します。息子に生きる希望を与えてくださって、感謝の言葉もありません…。レイのこと、よろしくお願いします」
深々とレイの両親に頭を下げられて、フロリンダは
「よろしくお願いしますなのは、私の方です。皆さまが
後ろで控えめに頭を下げている女性にも、フロリンダは微笑みかけた。
音瀧がそんな三人を、
「さあ、
クラウスに寄り添っていたユリアは、音瀧の
「音瀧お姉さま!」
フロリンダはきびきびと
「ありがとう……本当にありがとう……」
「僕からも……一族の者たちを、よろしくお願いします」
フロリンダとレイとを交互に
「どうということもない。久方ぶりに体が温まった。また茶を飲みかわそう。レイとやら、そなたも共にな」
言い残すと、長たちを守るように囲んだ氷精たちもろとも、白く細やかな霧に包んでその場から転移した。
清々しく頼もしいその姿に、
一瞬気の抜けたそんなフロリンダの頭に、背後から妖精王の
「さて、フロリンダ」
呼ばれてフロリンダは、レイと共に姿勢を正し、振り返る。
妖精王はにっこり微笑むと、片手でフロリンダの頬を
フロリンダの頬が、大きな掌に
レイの前で、なぜおかしな顔をさせるのかと
妖精王は
この表情はかなり怒っている顔だと、フロリンダは経験上、知っていた。
困惑するフロリンダの目の先で、妖精王の左目から涙が
「そなたは戦いの最中、一度、生きることを手放したね?」
言われてフロリンダは怒りの理由を
—……お見通しってことね……。
レイと胸を
このまま時を止めて、愛するひとと二人、永遠の眠りの中にいたいと願った。
「今のそなたの血に汚れた姿を見て——一度とはいえ、命を投げ出したことを知って、ティタニアがどんなに胸を痛めたか、わからないかい?」
言いながらも、妖精王の左目からはとめどなく涙が溢れる。
「この涙は、ティタニアの目から
言われてフロリンダは、妖精王が左目をティタニアと共有していることに思い至り、息を
妖精王は、
「血で汚れてすら愛らしいそなただが、美しければ美しいほど、より痛々しい。私とて、そんなそなたを見るのは辛いが、
我が妃は親友から預かったそなたを愛おしむあまり、腹を痛めて我が子を持つことを望まない。私もすべての妖精たちの父であれば、血を残すことにこだわりはないゆえ、かまわぬがね。
それほどに愛されていることを、軽んじてはいけないよ。母に心労をかけたこと、よくよく
「ごめんなさい……」
フロリンダは
その頭に、再び妖精王のあたたかな掌が乗る。
「反省したならば、良し。さあ、継承者の
顔を上げた時には、いつもの
そして、破れ、血に汚れたブラウスの合わせ目に止めた。
—……これを手にしたことを、軽く考えてはいけない……。
ピンブローチに変化させた
そこに、クク…というくぐもった声が聞こえて顔を向けると、アルスが顔を
ロゼッタが
「アルスさま、感激しちゃいました?安心しましたよね!
本当は、とってもフロリンダさまを心配していたんですね!?わかります!わかりますよ!」
「あの……アルス、色々と、その、ありが……」
みなまで言い終わる前に、アルスがブハッと息を吐いてこちらを振り返る。
その顔は、
「ちょっ、おまっ、妖精王に、つかまれた顔、クッソ笑えるんだけど!」
そのままこちらを指差して、ゲラゲラとアルスは
「
誰もがポカンとする中、ひたすら腹を抱えて笑い転げるアルスに、フロリンダの顔が怒りでふつふつと
「単細胞ッ…コノヤロー!!」
「ちょっとでも感謝した可愛い私に、謝れーーっ!!」
「可愛いとか
アルスはフロリンダの攻撃を受け止め、さらには吸収してカウンターで
さらにそれを
「はわわわわわわ、危ないデスのーっ!!」
プリムラが悲鳴を上げた。
ロゼッタとエフォリアが
視界の端で水蓮が動こうとしているのが見えたが、それより早く、フロリンダが大きく息を吸い込んだ。
「マズイ!皆さま!耳を守って!!」
シャルロットが
同時に、フロリンダの口をひんやりした
耳元に唇が寄せられ、ごく小さく、
「どんな君も世界一、愛らしいよ」
胸が大きく
水蒸気が落ち着くころには、レイの
妖精王が、眉を上げて唇に笑みを
「なかなかやるな。お
その隣で、ロマがニャフフと笑い声を上げた。
アルスは口をへの字に曲げて、面白くなさそうに髪をかきむしる。
「ったく、やってらんねぇな。あーぁ、
言った時には、冷気に対抗するように強い熱の気配を残し、アルスは消えた。
「あ…、もう、アルスさまったら早いなぁ……。きちんとご挨拶できなかったです……」
ぼやくロゼッタの肩に手を置き、黒曜が
「
友と言われて再び
「フロリンダ。私も
言われてレイは胸に手を当てて礼を取り、見上げるフロリンダに微笑を見せた。
「行ってくるよ」
「……また、ね」
離れることは心細くもあるが、「またね」と言えることが、今は何より嬉しい。
「フロリンダ、またニャ~ン!」
「ありがとう、ロマ!」
ロマが手を振ると、妖精王のマントがひるがえってその場からたちまち消えた。
「我々もそろそろ帰還しよう、兄上」
「ああ」
言い交わす水蓮と黒曜に気付いて、フロリンダは慌てて二人に駆け寄り、向き直る。
「水蓮、黒曜、二人ともありがとう……そして」
言いながらフロリンダは、並ぶロゼッタとエフォリアとに、同時に抱きついた。
「ありがとう……ロゼッタ、エフォリア姫!」
ロゼッタが慌てふためいた様子で、やわらかな手でフロリンダの背を
「私は、あまりお役に立ててないです!エフォリアさまがとっても
「そんなことはないですわ。ロゼッタさんのお
「もぉ~!二人とも、大好き!!」
その気持ちに嘘はない。
今回、どれだけ友の存在が、自分を励ましてくれただろう。
「わたくしたちも、フロリンダさんが大好きなのですわ」
「そうです!フロリンダさまは私の憧れで、大好きなお友だちなのです!」
「私……二人を守れるようにもっと強くなる……」
「これからは、レイさんもいらっしゃいます。フロリンダさまはもっともっと素晴らしく、素敵におなりになるでしょうね」
そうならねばならないと、フロリンダは
自分はまた、これからなのだ。
フロリンダは、二人の頬にそれぞれキスをした。
そこで、はたと気づいてフロリンダは壊れたブローチに手を当てる。
台座だけになったそれは、指先にざらざらした
「エフォリア姫……せっかくプレゼントしてくれたブローチなのに、壊れてしまったわ。ごめんなさいね」
エフォリアは、天上の空を映したようなつぶらな空色の瞳を細めて、
「それは、フロリンダさんとレイさんを繋ぎ、守るという大切な役目を負って生まれたものだったのでしょう。立派に役目を果たしてくれたのです。ですが……」
ニッコリ笑って、
「お直しさせて頂いても、よろしいですか?」
「もちろんよ!嬉しいわ」
言ってフロリンダが台座だけになったブローチを外すと、エフォリアはそれを両手で受け取った。
「楽しみが増えて、わたくしも嬉しいですわ」
そう言って満面の笑みを浮かべるエフォリアは、心が洗われるほどに
その肩を、隣に来た水蓮が抱き寄せた。
「本当にありがとう、水蓮、黒曜……」
「そなたらしくもない、
水蓮が晴れやかに笑って言った。
「我らは共に
黒曜も深く
「水蓮の言葉通りだ。良く耐えたな、フロリンダ。愛するものと
それぞれのあたたかい言葉に、フロリンダは胸が熱くなって言葉に詰まる。
「
「ありがとう。頼りにしているわ」
黒曜の申し出に、フロリンダは
一か所が乱れれば、それは全体の乱れとなる。
果たして、人界にも多大な影響が出るだろう。
さらには、結界されていたとはいえ、
すぐにでもそれらの対応をしなければいけないのは、フロリンダも同じだった。
「今はここの乱れの
「わたくしが風の宮に残り、お手伝いを……」
「私も!」
エフォリアとロゼッタの申し出に、フロリンダは前のめりな二人を留めるように
「二人とも、あちら側の気を受けたし、特にエフォリア姫は自分で感じる以上に
最終的な気の流れの調整はエフォリア姫がしないといけないし、どうか、少しでも休んで。ロゼッタは、みんなが元気が出るようにたくさんジャムを作って!」
そう告げると二人は、それぞれに顔を引き
最後に水蓮、黒曜と握手を交わし、みなで笑顔で頷き合うと、それぞれが妻の肩を抱いてその場から転移していった。
「良き仲間を持ちましたね」
背中から、シャルロットの声がかかる。
「部下も
振り返りながら、シャルロットとプリムラ、そして、
「風の宮から
先程、ロゼッタとエフォリアにしたのと同様に、シャルロットとプリムラを抱きしめ、次いでフロリンダは小走りで
「亜仁玖、あなたが
強いだけではなく、あなたは優秀な
言いながら、フロリンダは微かに
「
あなた達の武力や知力も素晴らしいけれど、美惟那姫の芸の才も、素晴らしい強さだと証明されたわ。私からの感謝を、どうか、あなたから直接、
「身に余る言葉です。必ずや王にお伝えしましょう」
「頼んだわ」
言って、フロリンダは改めて掌を差し出す。
ためらいながらも亜仁玖はそれを
金の翼を広げて亜仁玖が
「ほんっと……人たらしなんデスよ……」
プリムラの小さな独り
「さて……後片付けをしますか!」
両手を広げて宣言すると、「はい」と
暴れまわった庭先は、物理的にも乱れている。
「みんな手伝ってね!」
フロリンダの言葉に、素早さはどの精霊にも負けない風精たちは、
それを目を細めて見届けながら、フロリンダは思う。
情報の
またそれがどのような反応を生み出すのか、怖いようで、楽しみでもある。
「さて、私もやることは
言いながらフロリンダは役目のため、塔の内部に走った。
気が付けば、雪を降らせていた雲の切れ間から、
※※※
「私、本当にあまり役に立ちませんでした…」
風の宮から地の宮の
温暖な地の領地は、風の宮の張りつめた空気とは打って変わった穏やかさで司守の夫婦を迎え入れる。
それでもそこここが
「そんなことはない。敵の名も
黒曜は穏やかに言って肩を抱いたロゼッタをより引き寄せ、やや声を低めて言葉を続けた。
「お前には、妖精たちの女王になる資質があるという。もちろん、後継はフロリンダに固く定まっている。だが、万が一ということもある。
……資質を
「ありません!」
黒曜は
「私は黒曜さまの猫と、お嫁さんっていう重大な役目があるんです!それが生き
ロゼッタは両手を
「資質は磨きたいと思います。私はフロリンダさまのような教養もなければ、全体を見る目もない。
皆さんを支えることが、私の喜びです!それに……」
ロゼッタは少し声を
「女王が選んだ相手が妖精王になるって、オベロンさまが
黒曜は目を
「……
龍族の公子として、生まれ育ちもこの上なく高貴な黒曜だが、
ロゼッタは、肩を
「私はもっと、精神力を強化しないといけませんね。自分で放った魔力を返されて防げないようでは、ダメダメです」
「ダメダメというほどではないが、それはそうだな。魔力を放てば、
ちょうど、良き師に心当たりがある。紹介しよう」
「どなたですか?」
期待を込めて顔を輝かせたロゼッタに、黒曜は穏やかに微笑んで手で先を示した。
そこには、地の宮の玄関ホールから歩み出てくる
寿命の長い
今は、その全身から
彼女特有の武器である、身の丈を
ロゼッタは、何が彩雅をそうさせているか思い至り、笑顔をひきつらせた。
「お帰りなさいませ、我が君」
「事は済んだ。これから私は役目に戻る。そこで彩雅、話は変わるが」
言って、黒曜はロゼッタの両肩に手を置き、ずい、と彩雅の前に出した。
怒りの宿る
「ロゼッタが自身の魔力特性を活かすために、精神を
精神力を
「我が君の
「そうか。では、よろしく頼む。ロゼッタ、心して
穏やかな笑みを残し、早々に地の宮に入る黒曜を引き留めようにも、目の前に彩雅が立ち
「我が君のお許しがあるならば、
言って彩雅は口元だけで笑った。
「はわわ……彩雅さま、あの~、えっと、決して黒曜さまの邪魔をしたかった、とかでなくって、私もフロリンダさまを助けたくってですね……」
「そのようなことはわかっておる」
言って彩雅は、
ダン、という重たい音と共に、ロゼッタの足元が
ひいっ、とロゼッタは
「
何よりお主は、一度自らが死の危機に
彩雅の言うことはいちいちもっともで、さらにはロゼッタの身を案じる深い情がひしひしと感じられる。
「ご、ごめんなさい…」
「ごめんで
言うが早いか、彩雅は
ロゼッタは猫のような身のこなしで素早く
「ギニャーッ!!」
「
「ギニャニャニャニャーーーーーーーッ!!」
地上から届く
地下に存在する地の宮は、
フロリンダが女王の後継者であるという事実は、妖精たちを
今回の騒ぎが共有されれば周知の事実となろうが、他族は知らぬ者が多いだろう。
実際、自分も
自分の目から見ても、ロゼッタの才気は確かにまだまだ
そんな
だが、かつて龍王の後継者として育てられていた身であれば、ロゼッタが女王として立つには、決定的に欠けている部分も見える。
本人も気づいているようだが、魔力の特性こそ女王の資質はあっても、ロゼッタの精神にはその
それは
その点、フロリンダは公私で意識を分けることができる。
幼少時より、現女王が手ずから授けた教育の
だが、それも彼女自身、生まれながらに持っていた精神力の強さがあってこそだ。
役目とあれば自らの
そうしたフロリンダの
だがその
何を差し置いても自分の
ただ、女王になるには至らぬロゼッタだが、世の役に立ちたいという
せっかく生まれ持った資質であれば、
「猫で妻であることに手一杯」と言いながら、気になったものには駆け寄らずにはいられず、まさに猫のようにまっしぐらに危険にさえ飛び込むロゼッタ。
かつての悪夢を
そして何よりも、ロゼッタを守るために、自身もより
それを強く胸に刻み、黒曜は役目を果たすため、祈りの間に入った。
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