第17話 神風
「どうして……どうしてこんな……」
ロマは
いつしか隣に立っていた黒曜のあたたかな手が、ロゼッタの
「愛し合っていても、
黒曜の
それでも、ロゼッタは納得がいかない。
—……なぜ、愛し合っているのに戦わなければならないの……?
フロリンダの長剣は細く、銀の輝きを宿した半透明の
先の災厄で、ティタニアが
女王の剣が
女王と対になるそれを
黒曜のもとに来るまでは、妖精王も女王も、ロゼッタにとって、遠くから
親しい
ゆえに、後継のことなどはまったく
それほどにフロリンダは女王に
「あっ……」
レイの
花びらのような鮮血が散って、フロリンダが苦痛に唇を歪める。
「あれは氷精の長が受け継ぐ武器、
妖精王が、いささか感心したように呟いた。
レイの剣の刀身は氷のように透明だ。
揮うたびに冷気と共に雪の結晶が
柄はアイスブルーと
形状は基本的なロングソードであり、
フロリンダは瞬時に風の盾を
同時に、手から落ちた銀色の剣が宙で
気づいたレイは素早くそれを剣で打ち払ったが、その
それは
その時にはもう、フロリンダの血で染まった手に、
そして再び、正面から打ち合った。
顔を
そんなロゼッタに、
「
「いいえ」
ロゼッタはきっぱり、かぶりを振った。
「見届けます。なぜ、お二人が戦わねばならないのか…私には納得できませんけれど……」
妖精王は、
「そなたはどんどん素晴らしいレディになっていくね。地の君は
なぜ、戦わねばならないか、か。もちろん、
妖精王の声が聞こえたのか、離れた場所で
「だが、あの二人が正面からぶつかり合っているのは、愛し合っているからこそだ。心から相手を尊重し、信頼している。
詩のような妖精王の言葉に、ロゼッタだけでなく、黒曜もエフォリアも
たまらなく悲しい戦いにも関わらず、その命のやりとりが
妖精王は
「そなたがフロリンダの立場になったら、どうするね?ロゼッタ」
ロゼッタは迷いながらも、やや
「愛する人と戦うことはできません。命を差し出してしまいます」
肩に置かれた黒曜の手に、力がこもる。
その手の
「それがそなたにとっての正解であれば、間違ってはいない。だが、愛する者を手にかけた相手は、その後、まともに生き
フロリンダは、避けられないそれを、最小限に
言いながら、王の左目から、涙が
右目は優しい高貴な光を
驚くロゼッタに、妖精王は少しおどけた風に微笑んだ。
「今、私の左目は、ティタニアと共有しているのだ。私たちは、二人で一つだからね」
ああ、とロゼッタも、その場にいた黒曜とエフォリアも納得した。
フロリンダを
ロゼッタはそのことがいたわしく、また、
母という存在なく生まれ育ったロゼッタには、知り得ない愛だった。
妖精王は流れる涙を
「フロリンダは迷わず、彼と戦うことを決めたね。それは、女王を継ぐという決意が、
抵抗もしないレディの心臓を
言葉を振られた黒曜は、深く
「その通りです。無抵抗の
「男としての
愛するひとの誇りを守り、さらには自身の誇りを守るために、あえて全力で戦うことを、フロリンダは選んだのだよ」
ただ、と妖精王はいささか不満げに眉を上げた。
「悪魔に
言って、ゆっくりと腕を組む。
妖精王が語ったことは、ロゼッタの考え
フロリンダが、いかに広く深い
—……フロリンダさまほど、女王に
女王の資質があると言われたけれど、とてもではないが、自分はフロリンダには及ばない。
資質はあっても、その器がない。
やはり、フロリンダは
女王の資質が自分にあるというのなら、ゆくゆくは女王となるフロリンダを支える存在になりたい。
それは自分が、最愛の夫である黒曜の頼みにもなれるだろう未来だ。
—……必ず—―必ず、夢に見た瞬間を
そう心に決めて、ロゼッタは戦う二人を見守った。
※※※
だが、フロリンダの手から銀に輝く剣を叩き落とした時、その気になれば手首ごと落とすことはできた。
それができなかった
できない、ではない。
やらねばならないのだと、呪文のように自身に言い聞かせる。
そんな彼女の本質に触れたから、
外側からは見えない、彼女の心の真奥にある、繊細で柔らかな花びらを広げる淡い色の薔薇のような
そんな優しいフロリンダが真っ向から
自分の目的のために、愛するひとを
だが—――
—……フロリンダの手で、
愛するひとの手を血で
魔力のすべてを費やして役目を果たし、
もしくは罪の裁きによって、
いずれにしろ、魂レベルでの
花の香りを含んだ風、愛しいひとの風が鼻先をかすめ、後れ髪が切れて空に舞った。
頬に
その
—……それでいい。ためらわずに未来へ向かって飛ぶ、君でいい。
叶うなら、フロリンダが描く銀の
後ほんの少し先の未来には手放すことになる武器、
※※※
すべての行動が
スピードでは勝っているから
そんな張りつめた戦いの中、不意にどうしようもなく悲しみがこみ上げる自分を、フロリンダは気づかれぬよう
—……レイの
自分がこの身を差し出せば終わる。
ユリアとの約束も守れる。
けれど、それをしてしまったら—―—レイのその後を、守れない。
誇り高い彼が、愛した相手に心臓を差し出され、それを貫いた未来で
屈辱と絶望に染めぬかれた
自分亡き後の世界で、彼が絶望に落ちていくのは、死よりも耐えられない。
罪は
レイにすべてを
けれど—――自分を育ててくれた、育ての母なるティタニアの期待も、裏切りたくない。
何よりも、女王となるために歩んできた自分自身を、切り捨てたくない。
二つの覚悟に挟まれながら、フロリンダはレイと
—……バフォメットの
レイの一撃は重く、フロリンダの腕では受けるだけで
なるべくかわして流しているが、それでも
—……長引かせたくない……!
戦いの中、レイの前髪が、
瞳も、
責務を果たさねばならないという、理性。
フロリンダを手にかけたくないという、本音。
二つのせめぎあいに精神が引き裂かれ、彼が絶望と罪の意識に
バフォメットの
バフォメットの罠には、思いやりや
欲望を
魂と引き換えにどんな欲望も叶えてやりながら、決して自らの願いは叶わない。
何が願いなのかも、わかっていないのだから。
そんな負のループの、
と、
その意味するところに気づいて、フロリンダは剣を一回転させて術式を発動させた。
フロリンダの胸に着けたブローチがひと
「本質に
白い雪の結晶を
—……形状が……氷のように変わる武器、なのね……!
多くの悲鳴が上がったが、刹那、フロリンダの身体は凄まじい
「私はこっちよ!」
風と光で自身の
フロリンダはレイの背後を取り、覚悟を決めて両手持ちした剣を、突きの
素早く身をひるがえしたレイも、氷の槍と化した武器を素早く突き出してきた。
その姿が、不思議とゆっくり見えて、フロリンダはこれで終わるのだと気づいた。
この
そう思った時、胸に
—……傷つけたくなんか……ないのよ……。
それは当たり前の思い。
まっさらな気持ちでそう思った時には、フロリンダの
それを
自身の胸に冷ややかな重たい感触と共に食い込んだ、鋭い武器の
フロリンダの迷いが、レイの心に映ったかのように。
身に着けていたブローチに、
自分の差し向けた刃の先から伝わる、肉に食い込み、骨の当たる感触も、
愛しいひとの肉体を傷つけた生々しい
レイに
誰よりも大切にしたい存在を傷つける現実の方が、胸の傷よりも痛かった。
フロリンダは胸に受けた強い
「……届いて、ないよ?……心臓に……」
レイの
それは
薔薇の小さな花びらのように。
「……君の剣も、ね……」
レイの武器が突き立ったところから
フロリンダは息苦しさに
同じように、レイの血の気を失った手が伸びる。
武器が邪魔で、指先が
その
冷たい
それは互いの胸に、愛を
「……わたしたち……ばか、ね……」
「あなたに……最初に、言われたとおりに、なった……愛に、足を
「出した言葉は、自分に…返ってくる……僕も、同じだ……」
苦し気に
この人も泣くのだと、フロリンダはこんな時にさえ、始めて見るレイの一面に触れることができて嬉しかった。
—……もっと、たくさん知りたい。レイに触れたい。色んな顔を見たい。
ずっとずっと、彼の
ただ、それだけなのに—―――……
「……フロリンダ……君を、守りたい。守りたいんだ……」
レイがうわ言のように呟いた瞬間、フロリンダの胸のブローチが割れて、封じ込められていた冷気が
どんどん力の抜けていく腕を、なんとかレイの背に回す。
息ももう、
息苦しさと寒さに、気が遠くなる。
その果てに、
死に至る眠りなのはわかるが、どうにも抗えない。
「バカ野郎!結界を解け!綿菓子頭!!」
聞き
その声に、
すぐに、どうでも良くなった。
どんな力も、もう残っていない。
どうにもできない。
このまま愛するひとの腕の中で眠れるならば—――それは
そう思った瞬間、フロリンダは、意識を—―生きることを、
手をとり、互いをかき
その瞬間だった。
フロリンダの
それは強いばかりでなく、華やぎを感じる春を招く風。
光を紡いだような、圧倒的な存在感を持つ、神々しい風。
それは風の宮を包み、さらにフロリンダが戦いのために
——――生きよ—―――………
風の声を、その場にいた誰もが聞いた。
脳裏に直接届くその声は、フロリンダにも確かに届いた。
知らない、けれどどこか懐かしいその声を耳にしたのを最後に、フロリンダの意識は完全に黒く閉ざされた。
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