永久《とこしえ》に刻む風華の恋 ~天地結ぶ世のおとぎ話~
花風花音
プロローグ
「いいよね、あの風のお嬢さん。僕のコレクションに加えたいなぁ」
新しい
外から光は差し込まないが、常に何かしらの玩具が、色とりどりの明かりを不規則に明滅させているそこで、レイは主の言葉に何も応えない。
ティーワゴン上で紅茶を淹れる手元に集中しているふりで、無反応を決め込んでいた。
「キラキラしちゃってさ、銀の髪といい、瑠璃色の大きな目といい、何よりもあの羽根がいいよね!動くたびに虹色の光を振り撒いてる。まるで存在そのものが装飾品だ」
主の前には、巨大な鏡が置かれ、そこには境界の向こう側—―かつて、レイがいた世界が映し出されている。
そこには、どこまでも澄んだ青空を踊るように飛んでいく、柔らかく揺れる銀髪の妖精の姿があった。
ちらりと目を遣り、眩しさに目を反らす。
その姿は星のようにきらきらしく、今のレイには、相容れないものだった。
「パズズのおっさんはあっちを征服する気でいたみたいだけど、ほんと、意識低いよね。まあ、姿も中身もマヌケな奴だよ。
全部こちらと同じにしたら、つまらない。僕が欲しいと思うものがなくなっちゃう。獲物は生かさず殺さずが正しいでしょ」
主の言葉に賛同するように、目の染みるようなピンク色の熊のぬいぐるみが数体、跳ねた。
そのうち一つは頭から中綿がはみ出し、また別の一つは足がもげる寸前だ。
「欲しいなぁ、あの妖精。欲しいなぁ」
高揚していく主の声に呼応して、極彩色の光が目まぐるしく室内を走り回る。
部屋中に散らばる玩具たちがその光に浮き上がっては消えていき、レイは砂時計を逆さにしながら、かたく目を閉じた。
思考を、精神を、かき乱す悪意を持った光には、120年程ここで過ごすようになった今なお、嫌悪しかない。
それをわかっていて、わざと『主人』は見せつけるのだ。
「決めた!僕、あのお嬢さんを手に入れる」
一部を除き、室内の玩具が一斉にけたたましい騒音や声を上げた。
レイはそれにも動じず、静かに
「まず先に、君があっち行って手引きしてよ!せっかくこっちの力が強くなっても、パズズのおっさんのお陰で、あちこち守りが強くなっちゃったし。僕より、君の方があちらに行くのは容易いでしょ」
主の腰かけている椅子の猫足が生き物のように動き、主をいそいそとレイへと向き直らせる。
「君も、久しぶりに帰省できるってわけだ!いい話でしょ?大事な一族に、お土産持ってきてあげなよ!きっと喜ぶよ!」
清らかな光あふれる世界を移す鏡を背にする『主人』の顔は、逆光で見えない。
だが、そこには残忍な愉悦に満ちた、無邪気な笑みがあることは明白。
レイが何も答えずにいると、むう、と『主人』は不満げな声を上げた。
「気が進まない?ノリが悪いなぁ。んー、じゃあ、特別にご褒美あげちゃおうかな!」
その言葉を合図に、部屋の隅—―最も静かで片付いている場所が、青白い光に浮かび上がる。
何事にも動じない、無表情という仮面を身に着けたレイの頬が、微かに引き攣る。
そこは一つの舞台になっており、美しい衣装と装飾を身に着けた、
肌は白くなめらかで、唇も血が通っているように赤く、どれもがまるで生きているかのようだ。
それはすべて、レイが失ってしまった色彩。
「うまくいったら、あの中の一人を君にあげるよ!ちゃーんと、動くようにしてさ!」
レイの心の裡を見透かして、玩ぶ主のいつもの遊び。
わかっている。
気取られぬよう奥歯を強く噛み締めるレイの視線の先で、人形たちは雪の結晶を身に
それは封じられた彼らの涙のようで、レイの心を何度でも切り裂く。
—……甘言に乗せられてはいけない。
そう自らを戒める視線の先で、中でも、幼さを残す少女の人形の瞳が揺れた。
彼女だけ他と色が異なって、
見間違いかと目を凝らしたが、次の瞬間には、頬を水晶の欠片のような涙が一粒、転がり落ちていった。
それは頬を伝って落ちる時には、
胸に渦巻く様々な思いを無理矢理に飲み下し、彼は主に向き直り、紅茶を差し出した。
「……仰せの通りに」
主は上機嫌で紅茶を受け取り、ごっそり砂糖を入れると、一息に飲み干してカップを放り投げた。
「そうこなくっちゃ!じゃあ、早速とりかかってよね!」
カップが床に落ちる硬質な音を上げた時には、胸に手を当てて礼を取っていた彼は、もう室内から消えていた。
「さっすが、早い早い」
とりどりの色があふれる、
「ああ、楽しみだな。楽しみだな。あの妖精を捕まえたら、どんな風に遊ぼうか。
ひとつでも充分だなって思うくらいには素敵なお嬢さんだけど、なんなら、エーテルのお姫さまや、パズズのおっさんが殺られるきっかけになったっていう妖精ちゃんも、一緒に飾れたら最高だな!」
『主人』の楽し気な様子に合わせて玩具たちが騒ぐ中、青銀の人形たちだけが、静かに、ただ静かに儚く白いきらめきを放っていた。
※※※
規則正しい呼吸を繰り返していた腕の中のぬくもりが、不意に息を詰まらせる。
それを察して
猫のように丸まって眠っていた妻—―ロゼッタの、放つオーラが色を変えた。
この様子には、覚えがあった。
夢で、何かの啓示を受けたのだ。
そっと覗き込むと、眉間に微かな皺が寄っている。
良い啓示ではなさそうだ。
「……いけません……フロリンダさま」
愛らしい唇が、小さく呻くように呟いた。
それは、精霊や妖精の住まうこの精和界で、地の
風の司守である妖精の名前だった。
気さくで自由な人柄で、同じ妖精であるロゼッタとも親しくしている。
「風が…—―凍りつく……」
さらに呟いてロゼッタは一度びくりと身を震わせ、目を覚まして大きく息を吐き出した。
「夢を見たのか」
声をかけると、ロゼッタはしがみ付いてきた。
微かに震える身体を抱きしめる腕の中で、くぐもった声が返ってきた。
「また、
「フロリンダに関わることか?」
「はい……詳しくは
言ってロゼッタは、黒曜にしがみつく腕にさらに力を込めた。
「フロリンダさまが……、血を、流します」
重い言葉だった。
「そうならぬよう、対処しよう」
ロゼッタの癖のあるやわらかな髪を撫でながら、答える。
親しい者が傷つくのなら、自分が傷つく方を選ぶロゼッタが、そのような光景を霊夢として視たのならその心痛は計り知れない。
ましてや、慕い、憧れる相手であればなおさらだ。
甘い香りのする頭頂部に口づけをして、突然訪れた不吉な夢に痛めた心をなぐさめる。
澄んだ冷え込みが本格的な冬の訪れを告げる、そんな夜明け前のことだった。
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