第4話

『こちら、現場となったブレヒトフィルムパークに来ています。

事件が起きたのは本日午後1:20分頃、遊園地従業員や来園客からの『広場で魔術師が暴れている』との通報が複数件寄せられており、警察は魔術犯罪が発生したとみて、現場に急行しました。

本事件では39人が重軽傷を負い 、7人が現場で死亡が確認されました。

また、犯人は現場で死亡が確認されており、王立ヴァロア警察及び連合保安省は事件の調査を進めております。』



ヨーゼフは遊園地の入場ゲートに繋がる大きな通路でカメラに向かい話し続けるニュースキャスターの横を通り過ぎ、規制線の手前まで向かった。

規制線付近には青の警光灯を点滅させているパトカーと警官、そして連合保安省の装甲車や小型飛行船が群衆や報道機関が現場に踏み入らない様に警備しており、物々しさを醸し出している。


『現場の見分に来た連合保安省ヴァロア支部のヨーゼフ= ジェリャンスキーだ。案内してもらえるか』

ヨーゼフは近くにいた警官を呼び止める。

警官は最初は困惑の表情を見せたが直ぐに表情を戻し、しっかりとした口調で応えた。

『はっ、お待ちしておりました。こちらにどうぞ』

そう言いながら警官は規制線を持ち上げ、ヨーゼフを招き入れた。



ヨーゼフが遊園地の入場ゲートを潜った先で目にしたのは、無残な姿となった広場だった。

ヨーゼフ自身、ここに来るのは初めてではない。

メルヘンなテーマが全く似合わない彼であっても、プライベートでここに来る機会は何度かあった。

その時の記憶では、地面は濃淡が違う赤煉瓦を組み合わせて作られた模様が広場中央に置かれた大理石の噴水を囲う様に配置されていて、お土産屋などが広場の周りに何軒も立ち並んでいたはずだった。

しかし、ヨーゼフの目の前にあった物はその記憶とは程遠い存在だった。

屋台や店の軒先は潰れ、噴水は砕け、地面には何本も亀裂が走り、一部は隆起、一部は沈下していた。



『凄まじい破壊痕ですよね。

地下に埋設されていた水道管も水圧に耐えきれず滅茶苦茶になっているそうです。』


気がつくと隣には霞んだ金髪を短く切り揃えた凛々しいの女性、職場の後輩であるカミーユが立っていた。



『素人とはいえ、魔術師同士がぶつかりあったんだ。珍しくはあるが、不思議ではない。

例えそれが5歳の子供が引き起こした事象だとしてもだ。』

ひび割れた地面から顔を覗かせている破断した金属製の水道管を眺めながらヨーゼフは呟いた。

ヨーゼフは続ける。

『それで、問題の死体は何処にあるんだ?』



現場近くに設営されているテント内。

そこに死体袋に収納された1体の死体が安置されていた。

本来、直ぐにでも設備が整った施設に運び込んで保管すべきなのだが、それが出来ない事情があった。


ヨーゼフは目を細める。

『これか』

『はい、これが今回の事件を引き起こした犯人と思われる遺体です。ヴァロア警察の調べによると犯人の氏名はダニエル=ブータル。

ヴィアースブルクのベルゲルト区に居住していると。』


カミーユの答えを聞いたヨーゼフは考えを纏めた後、口を開く


『そこまで分かっているにも関わらず、身元を調べて欲しいと連絡してくるという事は何か問題があったんだな……?』

『はい、少々問題が発生したようで』

『そうか』


ヨーゼフは懐から銀色に輝く液体の入った小瓶を取り出し、死体に向かって小瓶を傾ける。

ドロっとした銀色の液体はゆっくりと口部へと伝い、銀色の糸を弾きながら垂れる。

死体に掛かった銀色の液体は蠢きながら肌に染み込む。

数秒後、死体だった筈の犯人の口から漏れ出る呻き声のような音と身体からパキパキと木の枝を折るような音…人体から本来出ないような音がテントの中に響く。

異様な雰囲気に呑まれ、同じテントの中にいた何人かの警官が顔を背け、何人かは絶え切れずテントの外に出てしまった。


数十秒後、呻き声は鳴り止み、テントの中は静けさを取り戻していた。


頃合いを観て、ヨーゼフは言葉を発する。

『名前は?』

その質問は生者に対する物ではなかった。

目の前に置かれた死者に対する質問だった。

『ダニエル=ブータル』

死体はぎこちなく名前を言った。

『居住地は』

『西アグリ地区6579のアパートの2階、204号室』

『犯行動機は』

『借金の返済。子供を誘拐して連れて行けば楽に稼げると言われて、この仕事を引き受けた』

『そいつは誰だ』

『名前は知らない。30代の男でスキンヘッド。顔に獣に引っ掻かれた様な傷痕がある。

"コイツ"はギャングだと推測している。』


他にも幾つかの質問を飛ばした後、ヨーゼフは周囲の警官とカミーユを一瞥した。

カミーユは応える。

『資料と一致する事が確認されました。もう大丈夫です。』


『分かった。"ご苦労"』


ヨーゼフは小瓶を死体の口に当てる。

すると銀色の液体が口内から湧き出て、再び瓶の中に収まった。

ヨーゼフは小瓶を内ポケットに仕舞いながら尋ねる。

『それで、何が問題だったんだ?』


『それが……つい先程、パーク内の断裂した下水管から発見された死体の身元がダニエル=ブータルだったそうなんです。』








私、レイラはパーク内に設置されている救護所に居た。

中には大勢の怪我人や医師さんの様々な声が飛び交っているが、私とジュリアの二人はそんな喧騒から少し離れた場所のベンチに座っていた。


『もう大丈夫……?』


『うん、もう平気』

私の隣に座っているジュリアは心配そうに時々こうして私に訊ねる理由は単純。

今の私は血塗れだからだ。

これは勿論、別にお腹が裂けているわけでも、返り血でも無い。

ただの鼻血だ。

無茶な魔術を行使した結果、不足した体内の魔力を補う為に無意識のうちに発動させてしまった物質から魔力への変換行為。

重度の物になると四肢が壊死するなど、非常に危険な行為ではあったが、魔力不足量が少なかったお陰で今回は粘膜出血という形で落ち着いている。


そう、これでも1時間前よりはだいぶ落ち着いてきているのだ。

魔術を行使してから約1分後、鼻血や血涙が始まり、だんだんと出血量が増えていくのを見た周囲の大人達によって大慌てで此処に運び込まれて以来、私は此処で安静にしている。



私がティッシュで鼻を拭きながら返答した後、暫くの沈黙が私達の間を支配していた。

十数秒後、ジュリアはつぶやく


『ねぇ、お名前教えて?私はジュリア=ホーキンス。貴方は?』


『レイラ=クロフォード。レイラでいいよ』


『レイラちゃんの魔術、凄かったね!何処で教えて貰ったの?レイラちゃんのパパとママ?』

ジュリアは目を輝かせながら私に尋ねる。

『えーっと………』

……言われてみればいつから魔術が使えるようになったんだろう……過去を思い返してみるが、いまいちはっきりと思い出せない。

悩む私の耳に再び、ジュリアの声が届いた。

『ねぇねぇ、何かやってみて』


『えっ……なにかって?』


『魔術、なんでもいいから』

なんでもって言われても……少しの間悩んだ末に私は、水の生成とその制御を見せる事にした。

掌の上に一粒の水滴が現れ、次の瞬間には小さなボールほどの大きさまで膨らむ。

丸い水球は単純な正方形や複雑な星型正多面体などに一定周期で変化させ続ける。



『うわぁー……綺麗……』

ジュリアは目を輝かせながら食い入る様にその水を眺めていた。


私はふと思い出した。

私も昔……あの記憶の中の私はジュリアと同じく、魔術に強い憧れを抱いていた。





『ユナねえ、魔術見せて!!』

『レイラ、私はまだやる事があるの!邪魔しないで』

『ちょっとだけ!ゆらゆらを見せて!』

『分かった、分かったから……!……まったくしょうがないわね……』



そうだ、きっと……あの時、私もジュリアと同じ目をしていたんだ。

すっかり忘れてしまっていた。

私は以前、宮廷魔術師になりたいという夢を持っていた。

えらい魔術師に成れば家族は私をきっと褒めてくれる。

そんな浅い理由で幼い頃の私は夢を思い描いていた。

でも、その頃が一番幸せだった気がする。

成長するにつれて夢を追う余裕が無くなっていった。

興味関心が他の事に移り変わったというのもあるが、それ以上に当時の情勢の変化がそれを許してくれなかったのだ。

戦争、革命、そして大陸中を埋め尽くし、全てを食い尽くした魔物の大量発生。

私の周囲にあった日常は何もかもが崩れ去り、気が付けば生き残るだけで精一杯の人生を歩んでいた。


『レイラちゃん!レイラちゃん!!』

『レイラ!しっかりしなさい!レイラ!』

『はっ、あぇ?どうしたの?』

身体を揺さぶられながら私の名前を呼ぶジュリアともう一人の声に漸く気がついた私は間の抜けた声で答えた。


いつの間にか私の周囲には私の家族が全員集まっていた。

いや、家族だけじゃない。

気が付けば看護師と医師が私の腕に輸血用の注射針を刺そうと準備していて、既に輸血液パックが吊るされたスタンドがベンチの横に置かれていた。


あれ……もしかして結構長い間気を失っていた…?

呑気にそんな事を考えていた私は次の瞬間には母と父に強く抱きしめられ、視界が真っ暗になった。

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