ただいま

夕方、母から電話があった。

「お父さん、事故にあってね。明日帰るから、それまでお留守番お願いね」


僕は一人で家にいるのが少し怖かったけど、中学三年にもなって情けないと思い、平気なふりをして「わかった」と答えた。


夜中の二時ごろ、階段を上がってくる足音が聞こえた。

ドン、ドン、ドン――。

「お母さん、もう帰ってきたのかな?」

そう思って扉を開けようとしたが、鍵を閉めていたことに気づいて手を止めた。


ガチャガチャと、扉の取っ手が回される。

怖くなって布団に潜り込んだ。


翌朝。

扉の前には、母のバッグが落ちていた。中には財布や家の鍵。


不安になって、母に電話した。

「……え? 昨日は帰ってないよ? 今、病院にいるの。バッグ? え? 家の鍵も?」


「じゃあ、昨日の夜、階段を上がってきたのは……」

そこまで言った僕に、母が声を震わせて言った。


「……そこ、今、鍵は閉まってる?」

「うん。ちゃんとチェーンも――」

「今すぐ、逃げなさい。お父さん、まだ見つかってないの。遺体も、行方も。」


……足音は、ひとつだけじゃなかった気がする。






【解説】


・ 父は「事故に遭った」だけで、「亡くなった」とは言われていない。

 →にも関わらず「遺体が見つかっていない」と母が言っている。つまり、行方不明中のはずの父が「帰宅」している可能性。

・ 夜中に聞こえた階段の足音。

 →「ドン、ドン、ドン」という重い音で、おそらく人間の足音ではない。異常な気配がある。

・ 鍵がかかっていたはずなのに、母のバッグが家の中に落ちている。

 →鍵がなければ入れないはずの家に、バッグを持つ人物(=母、またはそれを奪った何者か)が侵入している。

・ 足音はひとつだけじゃなかった。

 →つまり、複数人(あるいは“複数の何か”)が家に侵入していた可能性。父だけではない?

・ 母が電話で「今すぐ逃げなさい」と警告している。

 →何かが、まだ家の中にいるという示唆。

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