第13話 執務室に降る恋文(クロード視点)
静かな午後だった。 執務室には紙を繰る音とペン先が紙を滑る音だけが満ちており、仕事は順調。
「……ん?」
ふと、空気がわずかに震えた気がした。
次の瞬間――
……ポンッ!
音と共に小さな光の粒が弾け、空中から一通の封筒が現れた。そしてそれに続くように、ふわふわと舞い降りてくるのは――淡いピンクの、ハート型の紙吹雪。
「…………」
無言で紙吹雪に囲まれる宰相室。
執務机の上に落ちた一枚を指で摘み、じっと見つめる。ハートの形は、見間違いではない。きちんと左右対称で、薄く薔薇の模様までついている。
「……これは、一体」
ほんの少しだけ頬が引きつる。
だが、机の上にそっと置かれた手紙には、見覚えのある筆跡が並んでいた。丁寧で、誠実な、彼女らしい文字。
封を切ると、そこにはシンプルなお礼の言葉が綴られていた。先日のインクの贈り物に対しての、感謝の気持ち。
ーーとても綺麗な色で、一筆目から嬉しくなってしまいました。これからたくさん使いたいと思います。
そんなふうに、胸の内を素直に言葉にするその手紙は、淡い香りまで運んできそうな温かさを帯びていた。
あのインク瓶は王女への礼節として選んだものである。しかしその色は、彼女の瞳の輝きに似た色味として準備したものだ。
だが。
「……なんだ、この演出は」
机の上にはいまだ数枚のハートが散っている。肩にひとつ乗っていたのを、静かに指で払った。なぜか少しだけ、動作がぎこちなくなる。
丁度一人で執務室にいる時だったのが不幸中の幸いだ。
暫くして、執務室に散らばるハートは静かに消えた。 おそらく――
「……感情に反応する系統の転送魔法か?」
心当たりがある。
昔、彼女が興味を示していた魔術書の中に、そういった魔法理論の話があった。賢い彼女が使えば、そうなるかもしれない。理論を技術的に完成させたのか。
少しだけ、口元が緩んだ。
「……これが“自分らしく”ということか」
また面倒なことを思いついたものだと呆れながらも、手紙を読み返す指先には、どこか温もりが宿っていた。
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