エッセイ・ナタリーと過ごした珠玉の11000日 バーバラ・ブラッドバリー著

笑顔の足音


 ナタリーのことを思い出すとき、いつも最初に聞こえたのは、玄関のドアが勢いよく開く音だった。「ママ、今日も疲れたー」と大きな声で言いながら、リビングにカバンを放り投げる、そんな毎日。冷蔵庫をのぞいてわたしに「アイスとかある?」と聞く彼女の背中は、いつも少し日焼けしていた。ナタリーはそんな子だった。美術を愛し、笑顔を振りまき、反抗期にはちょっと憎たらしい言葉を投げかけてきた。でも、その一つひとつが、私の心に温かい種を蒔いていった。

 

 彼女には、チェルシー・ウィルキンソンという幼馴染の特別な友達がいた。幼い頃、ふたりは小さな手をぎゅっとしっかりつないで、近所の公園の桜の木の下へ走っていった。その近くにある「秘密基地」と呼んでいた東屋ガジーボで、チェルシーの手作りクッキーを分け合い、ザクザクしたチョコの食感に笑い合った。「ずっとこうして遊べたらいいのに」とナタリーがつぶやいて、チェルシーは「大人になってもずっと友達」と答えた。小指を絡めたその約束は、光のリボンで結ばれたように輝いていた。あの笑い声は、夕暮れのオレンジ色の空に溶け、今も私の耳に響く。ナタリー・ヘイリー姉妹の笑顔は、私にとって宝物だった。ヘイリーがそばで「やさしくて、ちょっと照れたみたいな笑い方」と呼んだあの表情は、家族にとってのムードメーカーだった。チェルシーとの友情は、ナタリーの心をいつも軽くしてくれた。彼女たちが交換ノートに綴った「チェルシーの愛犬・ジュリーが好き」なんて言葉は鮮やかに私の記憶に残っている。


夢とすれ違い


 ナタリーとチェルシーは、同じ小学校で新しい世界に飛び込んだ。入学式のチェルシーの白いリボンを見て、ナタリーが「似合ってる」と笑った日、ふたりは手を握り合って教室へ入った。休み時間には校庭の砂場で「謎の城」を作り、紙に描いて家に持ち帰った。あの絵は、その後ナタリーの部屋の壁にそっと貼られていたらしい。でも、成長するにつれ、ふたりの道は少しずつ分かれた。クラス替えで別の友達ができ、ナタリーの心に「どうして私じゃないの?」という小さな棘が刺さったこともあった。それでも、チェルシーの「ごめん、寂しくさせたよね」という真っ直ぐな瞳に、ナタリーは笑って応えた。交換ノートは「ふたりだけの文通」として、くだらない話や恋の話で埋め尽くされた。


 中学では、ナタリーが美術部、チェルシーが演劇部に進み、週末の図書館でふたりで静かに過ごした。「近くにいてくれてる」とナタリーが言ったとき、チェルシーはそっとうなずいた。


 その後の高校、大学時代をへて、ふたりの夢はさらに分かれた。ナタリーは美術大学でデッサンに没頭し、チェルシーは演劇専門学校で舞台に立った。忙しさで会話が減っても、クリスマスイブの「メリークリスマス。相変わらず描いてる?」というメッセージや、喫茶店での再会がふたりを繋いだ。チェルシーの初めての自主公演で、ナタリーが楽屋裏で抱きしめたとき、彼女たちの友情はどんな距離も超えた。「ナタリーが見てくれただけで大成功」とチェルシーが言った言葉は、ナタリーの心に深く刻まれた。わたしがその光景を想像すると、誇らしさと同時に、胸が締めつけられる。ナタリーの夢は、いつもチェルシーの夢と響き合っていた。彼女たちの「ずっとつながっていられる」という約束は、私にも希望を与えてくれた。


闘病と別れ


 でも、その希望は長くは続かなかった。ナタリーが倒れたとき、彼女はまだ三十歳だった。脳動脈奇形による脳出血だった。十歳の頃のCTスキャンによる精密検査で見つかって診断されたときは、まさかこうなるとは思っていなかった。病室の白いシーツ、点滴の音、彼女の弱っていく姿。わたしは「苦しまないように」と祈り続けたが、母親として何もできなかった。チェルシーは、ナタリーの闘病中も見舞いに来ていた。だけどわたしは最後に何を話したかさえ思い出せない。もっと話したかった。もっと、ぎゅっと抱きしめたかった。ナタリーの「やわらかい声」がもう聞こえないなんて、信じられなかった。


「引っ越し」


 ナタリーの旅立ちを、家族で送り出す準備をした。まずわたしは娘に着せてもらうために彼女のお気に入りだったパーカーをホールスタッフに預けた。これから何十年の間ずっと着続けることになるのでリラックスできそうな服を選んだ。そして数日後にホール内で目の前の「寝室」の扉が開かれて娘と再会した時、丁寧な「エステ」ことエンバーミング処置で整えられた彼女の顔は、まるでリビングでうたた寝して仕事の疲れを癒やしているかのようだった。わたしはスタッフに「ありがとうございました」と感謝の意を伝えた。あのときの彼女の何も憂いのなさそうな穏やかな顔は、チェルシーが「似合ってる」と笑った高校の入学式のときの娘を思い出させた。そして葬儀会場では、わたしはナタリーにそっと語りかけた。「マンションに入って落ち着いたらちゃんとご近所のみんなに挨拶するんだよ。それが礼儀ってもんでしょ?」というふうに、引っ越しの日の朝にドアの前で見送るような感じで言ったつもりだった。もしかしたら先に安置された「住人」たちとおしゃべりでもするのかなと思って。だけど、ヘイリーにはそれがかえって重苦しく聞こえたらしい。「ママの声があまりにいつも通りで、胸が苦しくなった」と、彼女は涙をこらえて言っていた。わたしも、口元だけで笑うつもりだったけど、涙が漏れ出してしまった。


「ワンルームマンション(studio condo)」こと集団霊廟(community mausoleum)にナタリーを安置した日、ヘイリーとわたしは「新しいお部屋」の前に並んだ。係員による化粧板のはめ込みが終わって、ナタリーの名前が刻まれた真新しい「表札」を見たとき、娘の「引っ越し」が完了してもう顔を見ることもできなくなってしまったことを実感させられた。「ちゃんとお隣さんと仲良くするんだよ」とわたしが言うと、ヘイリーは「いってらっしゃい。変な夢見ないでね。落ちついたら住み心地を教えて」とつぶやいた。わたしはその「表札」の横の花立てに、季節の小さな花を置いた。あの花は、チェルシーが後に持ってきたラベンダーと重なる、ナタリーへの愛のしるしだった。


デジタル空間に刻んだ思い出


 ナタリーが「ワンルームマンション」の住人になってから、チェルシーはラベンダーの花をそこに供え続けた。彼女の「ずっと、大好きだったよ」という言葉は、幼い頃の約束を今でも守っているようだった。わたしは娘のためにウェブサイトを作った。彼女を知っている方々がここに来れば会えたような感じになるような。そこには、彼女の笑顔の数々を撮った写真、家族写真、学校での写真、勤務中の写真、楽しかった思い出を撮った写真が盛り沢山。わたしの娘は、美術の夢を追い、友情を育み、家族を愛していた。その輝きは、どんなに時間が経っても消えない。ナタリー、おつかれさま。行ってらっしゃい。心の中では、ずっと生きてるよ。そして、チェルシー、ありがとう。あなたがナタリーのそばにいてくれたから、彼女は最後まで笑顔でいられたのよ。


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