待っていたよ、チェルシー。
数金都夢(Hugo)Kirara3500
ママが選んだ「新居」の住人になってしまいました
私はある日、家で倒れて救急車で運ばれた。生まれつきの病気を持っていることは知ってはいたから覚悟がなかったかといえば嘘になる。当然緊急手術になった。その後、私の病状が悪化してとうとう鼻にチューブを通すようになって頭の中がもう真っ白になった。そしてそれからずっとしばらく夢を見ていた。幼稚園や小学校の頃、有り余る体力を使ってチェルシーとずっと遊んでいたあの日々。
次に気がついたところは寒くて凍えそうなところだった。たまにコンプレッサー音が響く。しかも私は布に包まれていて外がどうなっているのか確実なことはわからなかった。でもここはどんなところなのか、少し考えたら想像はついた。「なんで冷蔵庫に入れられているのよ!?」とその時は思った。そうか、もう私は……きっとパパ、ママ、妹ちゃん、おばあちゃんが私の病室のベッドの周りに集まって、なにか声をかけたんでしょうね……
その次の日、私は台車で数十メートル移動して別のところに運ばれて、布をほどかれた。そしてそこのスタッフが三人がかりで私を作業台に移した。スタッフは全員防護マスクをしていた。そのうちの一人が私に声をかけた。
「お嬢さんはじめまして。痛い作業もあるかもしれないかもしれないけどエステだと思ってリラックスしてて」
そう声をかけてから私の顔をもんで表情を整えた。「本当にエステかな?」と思ったら……
「これ、あなたのための最後の料理。味がしないけどこれだけはごめんなさい」
そう言って私の口を開けてその中にコットンボールを次々に入れていった。別のスタッフはポンプの中にピンク色の液体をビンを開けて注ぎ込んだ。
「薬品充填終わりました。今回はリクエストで薄めません」
作業室にスタッフ間の業務連絡が響いた。
「これからちょっと痛い思いをすると思うけど大事な作業だから我慢して」
スタッフのうちの一人が私に向かってそう言った後、私の首筋に痛みを感じた。横にある機械から伸びたチューブをそこから私の中に繋いだみたいだった。そしてモーター音が響いてその機械からその薬品が注ぎ込まれていった。その間、手足を丁寧にもんでくれてその時は気持ちよかったけど、その後体中が攣ってきたような感覚がした。そして次の作業が始まってスタッフの一人が長くて細いステンレスパイプを持ってきた。それが私の中奥深くを貫いた。そしてそれを何回か繰り返して体内の余計なものを吸い出していった。その時のさっぱり感は便秘のときに下剤を飲んでスッキリした感じのようだった。その後、このパイプの根元をポンプからボトルに付け替えて薬品がそこからも注ぎ込まれた。この作業は三日間かけて繰り返された。
体内に薬品を入れる作業が終わって、シャワーを掛けてもらって、タオルで拭いてもらって、ドライヤーがけも終わりました。そして、ママが持ってきたパーカーを着せてもらった。想像していた正装ではなかったけど、きっとリラックスしてね、という意味なのかなぁ、と思いました。これから何十年間着替えしないことを考えると。仕上げにあっさりと化粧してもらいました。でも自分でやるのとは違って加減が合わなくってちょっとくすぐったかったです。そして私の背中にひもが数本通されて、釣り上げられて、これから私の寝室としてずっと過ごすことになるひと目見た感じでは寝心地の良さそうなマットが敷いてある鉄の箱に下ろされた。
「これからみんなに会うまでゆっくり休んでて」
スタッフの一人にこう言われた後、箱のふたが閉められて周りが真っ暗になった。
数日後、私はホールに運ばれた。箱のふたが半開きになってすぐ、パパ、ママ、妹ちゃん、おばあちゃんがすぐに駆けつけてきて、私の寝顔を見ていろいろなことを話しかけてきた。そしておでこにキスをしたり髪の毛やほっぺをなでたりした。そして、パパは泣きながら私に覆いかぶさってこう言った。
「あれから三ヶ月意識がなかったんだよ……一度でいいから目を覚ましてくれてたら……」
そして私の横に置いてあるTVモニターから子供の頃撮ったビデオが流れた。それを見ると私まで泣きたくなる気分になった。もう涙はどうやっても出ないし、なにか感じても表情は変わらないけど。そして牧師さんの話が続いた。
そして私の横を友達や同僚の皆さんが通って声をかけてくれた。もう会うことはないんだね……と思ったら胸が張り裂けそうな気持ちだった。幼馴染でほとんど毎日のように会っていたチェルシーが来たときは、彼女のこの世の終わりのような表情は忘れられなかった。
「ナタリー! ナタリー! どうして……」
彼女は私の腕を握りながら泣き叫んだ。
それが終わったらホールスタッフが枕元のネジを回して枕を下げてそしてふたを閉めて真っ暗になった。もう陽の光を見ることは二度となくなってしまったのでしょうか。そして少し移動した後、ガチャという音がした。私にとっての最後のドライブの準備が整ったみたいだ。
そして、二十分ほど走って私を乗せた車は停まった。多分あそこに着いたんだ。私は箱とそれを乗せて折りたたまれた台車ごと車から降ろされた。そして車輪の音を通路に響かせながら少しの距離を移動した。そして箱はジャッキに載せ替えられた。すぐに油圧ポンプが唸りを上げてカチャッという音が鳴って止まった。箱はガラガラと言う音とともにあの日見たような、この箱がすっぽり入るくらいのコンクリートの壁に囲まれた個室に押し込められた後、ジャッキからはスーッと折りたたまれる音、撤収のために工具類をまとめるための金属音が聞こえた。そしてもう一回ジャッキが上がる音がした。多分私の部屋を締め切るために係員が入口にふたをしてコーキングをするためですね。そして両面テープをビリビリと貼る音が響いた。しばらくしてまたジャッキの音がして何かがカチャッとハマる音がした。多分外の化粧板を留めたのでしょう。そして周りは静かになった。私がそれなりに巨大な「集合住宅」の一部屋の住人になった瞬間だった。この「ワンルームマンション」、ママと一緒にした見に行ったときのチラシによると、本当は「
それから一時間くらいたって、上から声が聞こえてきた。
「あら、新入りさんかい? はじめまして。あたし、ベティ。五年前にここに来たのよ。薄い壁で囲まれた個室だけどそれが数えられないくらいあっていずれは住人が揃っていっぱいになるんだわ。あたしみたいな白寿を通り越した年寄りが来る分にはいいけど若い人が来るのは辛いわ」
上の住人はおばあさんだった。彼女の話が終わったところで、私は自己紹介をした。
「私、ナタリーと申します。永遠の三十歳です。生まれつきの脳動脈奇形で脳出血を起こして、家で倒れて緊急搬送されて数ヶ月入院したの。こうなる可能性はそんなに高くない病気って聞いてたんだけど……」
「悲しいね……もっと長く生きたかったでしょ?」
「だけど、それを今言っても始まらないから……」
もし私がまだ涙が出たとしたらもらい泣きするところでした。
私は寂しくなったとき、そんなベティおばあさんと「茶飲み話」をしたりしている毎日を過ごした。
別の日、おばあさんから声をかけられた。
「なんであんたはここにしたんだい?」
「ママが選んだの。もうちょっと元気で病気も軽かった頃にここに見に来たの。それでここね、って言われたの。私も特に嫌な理由はなかったから。その頃はまだ本気じゃなかったけど万が一のときのためということで。うちから車で十五分くらいだったし。ママはまだ私が若かったから埋めるのと燃やすのには絶対反対してたの」
「なるほどねえ」
その声はうなずいたような感じだった。
当然だけど、ここには知らない人たちがポツポツと来る。こっちに手を向けて祈る人だったり、ふたの受け皿に花を挿していったり。会いに来てくれる人は幸せなんだなぁと思ってしまう。別の方向から何年も誰も私のところに来てくれないという愚痴を聞かされたから。
三日後、可愛い妹ちゃんがやってきた。彼女は家から大学に通ってる。
「お姉ちゃん、寂しかったでしょ。ここの居心地はどう?」
久しぶりに聞いた甘い声だった。
「ありがとう、ヘイリー。居心地、というか寝心地まあまあいいかな……でも体は薬品で固まってるからマットから微妙に浮いてて」
ちょっと強がりな返事をしたけど、伝わるはずもなかった。彼女は数分間じっと立ってこっちを向いた。たぶん私の名前と二つの年号が刻まれている表札を見つめていたんでしょうね。
「お姉ちゃん、また来るからね」
彼女は帰っていった。
ここの住人になってから一週間がたった。
「こんにちは……」
聞き慣れた、そして待ち焦がれた声だった。
「チェルシー……」
私は思わずつぶやくような思いを持った。
「ナタリー、本当にごめん。もっと早く来たかったけど、もとからプロジェクトが大詰めの上に、それと君のために休んで仕事が溜まっていたから。きれいな花持ってきたから許して」
「ありがとう、チェルシー」
私は、涙が出せるものなら出したかった。それはどんな花なのか、動けない私には想像するしかなかった。
「また必ず来るからね」
それ以降、私にはこんな感じの毎日がずっと続くことになった。そしてそれ以降長い間、私の両隣の部屋に誰かが入ることはずっとなかった。
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