第20話 沈黙の余白にも恋は残る
──支倉タクミ、死亡。
屋上に響いたAIの機械音が消えて、しばらく誰も動けなかった。
風が吹き抜けるたび、空気が震えるように冷たくなる。
ミコトはその場に立ち尽くしていた。
震える手を、ぎゅっと胸元で握りしめる。
(……私が、想ったから……)
──違う、私は、好きにならないって決めてた。
ずっと抑えてきた。口に出したことも、見つめ返したこともない。
けれど。
(……神谷レンに、言われた)
「ねえ、少しは報われてもいいと思わない?」
「君の“好き”って、誰かを救うくらい、綺麗なものだと僕は思うよ」
そうやって、揺らされた。
否定したかったのに、その瞬間だけ、たしかに“認めて”しまった。
(私が、想ったから……)
ただそれだけで。
タクミは、死んだ。
その日の夕方、リビングに全員が集められた。
重たい空気が、天井から落ちてくるようだった。
タクミの姿は、もうどこにもなかった。
AIが事務的な声で告げる。
《支倉タクミ、プレイヤー失格。対象は“想われた側”として処理済みです》
ミコトは、誰の顔も見られなかった。
視線を伏せ、膝の上で手を握る。
ユズハが、ゆっくりと口を開く。
「……ミコト、だよね」
責めるような声ではなかった。
ただ、真実を確かめようとする声音だった。
ミコトは、小さくうなずいた。
「……ごめんなさい。
ちゃんと抑えてたつもりだった。……でも、レンくんに言われて、……私、タクミのこと……認めちゃって……」
言いながら、喉の奥がひりついた。
ユズハはしばらく黙っていたが、やがてポツリと呟いた。
「……AIは、言葉じゃなくて、気持ちの“確定”を見てるんだよね。」
彼女は自分の胸元をぎゅっと掴む。
「でもミコトは……ちゃんと気づいちゃったんだよね、自分の気持ちに」
ミコトは、泣きそうな笑みを浮かべた。
「……皮肉だよね。気づいた瞬間に、……その人がいなくなるなんて」
「AI。今回の死亡処理の理由を明示して」
神谷レンが口を開く。
《該当者:東條ミコトの感情密度が規定値を超過。対象:支倉タクミへの“恋愛的価値評価”が最大に達したと判定。処理ルールに基づき、該当者死亡》
ユズハが目を伏せながら呟く。
「……“好き”の深さって、罪になるんだね」
「罪、か……」
神谷レンがソファの背にもたれながら、天井を見上げる言う。
「……じゃあ、“誰も好きにならなきゃいい”って思う?
でも人間って、そんなに単純じゃないよな」
ミコトは、その言葉に顔を上げた。
レンの目は、まるで愉快そうに輝いていた。
「人を好きになるって、最悪だよね。
失うかもしれないのに、どうしても想っちゃう。止められない」
「……それって、全部わかってて……煽ったの?」
ユズハの問いに、レンはわずかに肩をすくめた。
「さあ? でも、“気づいたきっかけ”にはなれたみたいで、よかったじゃん」
その夜、ミコトはベッドの中で、目を開けたまま天井を見つめていた。
タクミの笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
「……好きだったよ。ほんとに」
小さく呟いて、目を閉じる。
もう会えないけど、ちゃんと想えたことだけは、後悔したくなかった。
翌朝。
リビングの空気は重たく、誰もタクミの話をしようとはしなかった。
けれど、ミコトだけは、まっすぐ前を向いていた。
「私はもう、逃げない。
想ってしまうことを、誰かのせいにも、自分のせいにも……しない」
その声は、まだか細かったが、確かな強さがあった。
たとえ、それでまた誰かがいなくなってしまっても。
それでも、自分の想いを否定しない。
そうやって、少しだけ前に進むことを選んだ。
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