第43話 『総帥は正義を裏切った──コードネーム:レヴェレーション』

 1947年7月、ニューメキシコ州ロズウェル近郊。


 日が沈んだ砂漠は、夜になると急激に冷え込む。




 その夜、米陸軍航空隊所属の中尉クレイン・マクガバンは、臨時任務として出動命令を受けていた。


 「気象観測気球の墜落」という公式説明を受けた彼は、武装小隊を引き連れて現地に向かう。




 だが、砂漠に散乱していたのは、どう見ても気球の破片ではなかった。




 銀白色に鈍く光る合金。


 幾何学模様の刻まれた断片。


 そして、半ば地面に埋まった流線形の巨大構造物――まるで“生き物の器官”のように、有機的な膨らみを持った機体だった。




「……軍の試作機か? いや、違う。これは……」




 クレインは部下に命じて周囲を警戒させ、自ら機体の傍へと歩み寄った。


 そのときだ。砂の中で、何かが“もぞり”と動いた。




「隊長! 生体反応……いや、そいつ、生きてます!」




 兵士の叫びに、彼は一瞬、躊躇した。


 そこに横たわっていたのは、人ではなかった。




 痩せた四肢、異常に大きな黒目、薄灰色の皮膚――それは、明らかに“地球上の生命”ではなかった。




 だが、恐怖よりも先に訪れたのは、奇妙な感覚だった。


 まるで頭の中を何かが撫でてくるような、柔らかく、そして異常に鋭い意識の侵入。




「──言葉は不要。私の声は、君の思考に届いている」




 声ではなかった。


 それは“思念”だった。直接、脳に流れ込んでくる膨大な情報と、問いかけ。




「私は敵ではない。滅びるのは、我々ではない。……君たちのほうだ」




「……なぜ俺に、こんな……!」




「君の精神が“開いていた”。だから、私の最後の“鍵”を託す」




 その瞬間、クレインの脳内で、視界が“解放”された。


 時空の歪み、光の波長、感情の震え――あらゆるものが“波”として視え始める。




 兵士たちが恐れ、銃を構え、彼に叫ぶ声さえも、彼には“ゆがみ”と“共鳴”として伝わった。




 そして、異星生命体は静かに目を閉じた。




「君は……フォース・カインドだ。第四種の証人。そして、伝承者だ」




 その場に崩れ落ちるようにして、クレインは膝をついた。




 ――こうして彼は、“人類初の完全接触者”となった。




 のちにこの事件は完全に隠蔽され、「気象観測気球の破損」として処理された。


 関係者は転属、あるいは失踪。報道も一切許されなかった。




 だが、クレインの中には“確かに何かが宿った”。




 心の声を読む力。


 未来の断片を垣間見る直感。


 空間にひそむ“異常”を察知する知覚。




 彼は“兵士”でありながら、“観察者”へと進化していた。




 それが、彼の後の選択に大きな影を落とすことになる。


 正義とは何か。


 支配とは何か。


 そして、誰が“人類”なのか。




■ 


 


 息が詰まるような静寂だった。


 ネバダ州の乾いた風が、廃屋の窓から吹き抜ける。


 夕暮れ、監視任務。味方は遠方、無線は沈黙。




 クレインはひとり、拳銃の手入れをしながら考えていた。


 数日前のこと。あの夜のこと。ロズウェルの夜に、あの“存在”と接触してから、彼の世界は少しずつ、確実に変わり始めていた。




 音が歪む。


 誰かの声が、遠くから届くような感覚。


 時折、目に映る景色が波打つように揺らぐ。




(幻覚か? それとも――)




 カチ、と安全装置を戻しながら、彼はふと気づく。


 向かいの部屋に、人影があった。


 だが、その“存在”が“敵”か“味方”か――




 その前に、“波”が視えた。




 空気が震える。


 怒りのような。焦りのような。赤黒く滲む“衝動”が、まるで煙のように部屋から漂ってくる。




(あれは……人殺しの前の波だ)




 クレインはゆっくり立ち上がった。銃を構えず、深く呼吸を整える。




 脳内に、熱が集まる感覚。


 何かが“共鳴”する――相手の思考が、感情が、“波”として脳に触れてくる。




 ――「見つかったら、やるしかねぇ……逃げられない、もう……」


 ――「どうせ、俺の命なんて……」




(これは……声じゃない。思念か)




 理解ではない。


 同情でもない。


 ただ、“そのまま”を感じ取った。




 クレインはゆっくりと扉の前に立ち、低く言った。




「そこにいるのは、兵士か。それとも……誰かを恐れて逃げてきた人間か?」




 返事はない。だが、“波”が変化した。


 濁った怒りの中に、小さな“怯え”の波が混じる。




「俺は撃たない。……撃たせるな」




 静かな間。




 やがて、扉が軋む音とともにゆっくりと開いた。


 中から出てきたのは、まだ少年のような顔をした若い男だった。


 軍服の名残、擦り切れたブーツ。右手に握った拳銃は、力なく下がっていた。




「……どうして、わかったんだよ」


「感じた。お前の“波”がな」




 男は理解できないといった顔をしたが、それ以上、何も言わなかった。


 ただ銃をゆっくりと床に置き、両手を上げた。




 クレインはその場に立ち尽くし、ようやく確信する。




(これは武器じゃない。だが、銃より速く届く)




 この力が、何なのかは分からない。


 だが少なくとも――“誰かの心”に、届くことはできる。




 その夜、報告書には「未武装の逃亡者を確保」とだけ書かれた。


 共鳴のことは、誰にも話さなかった。話せるものではなかった。




 クレインは独りで知っていた。




 この力は、戦場に向かう者ではなく、戦場の外で誰かを救おうとする者のためにこそある。




 それは、銃弾ではない“正義”の波。


 彼が初めて掴んだ、“人間の叫びに触れる力”だった。




──あの日から、すべてが変わった。




 ロズウェルの夜。墜落現場の砂塵の中で、クレイン・マクガバンは“人ではない何か”と出会い、共鳴した。


 異星生命体の思念が、彼の脳に触れ、波を刻み込んだ。


 そして目を覚ましたときには、もう“何かが視えていた”。




 人の声は震え、感情は波となって流れ込んでくる。


 空間のひずみや歪み、言葉ではない“情報”が、思考を超えて脳内に降り注ぐ。


 それは祝福ではなかった。むしろ、呪いに近いものだった。




 軍は、あの事件を「気象観測気球の破損」と発表した。


 現場にいた者たちには、徹底した情報統制が敷かれた。




 ──だが、それだけでは終わらなかった。




 任務後、クレインのまわりから“人”が消えていった。


 あの夜、共に異星体を目撃した兵士。


 残骸を回収した工兵。


 通信記録を一瞬だけ覗いた通信士。


 彼らは数日から数週間のうちに、病死、事故死、行方不明という形で“処理”された。




 最初は偶然かと思った。だが、四人目が“家ごと爆破された”時点で、クレインは理解した。




 ──これは口封じだ。




 彼も何度か“事故”に見せかけて殺されそうになった。


 車のブレーキが効かなかった夜、ホテルのガス管が漏れていた朝、任務中に“誤って”撃たれた狙撃。




 だが、彼は生き残った。




 “波”が教えてくれた。


 銃口が自分を狙う数秒前の空気の震え。


 殺気が肌にまとわりつく感覚。


 空間が歪むほどの“死意”が、彼には視えていた。




 彼はそのたび、ぎりぎりで身をかわし、生き延びた。




 次第に、政府は彼を“消す”ことをあきらめた。




 その代わりに、彼のもとへ特殊任務が届くようになった。


 「機密回収」「異常個体の捕獲」「心理干渉対象の監視」。


 最初は任務内容さえ意味がわからなかった。




 だが、あるとき上官がこう言った。




 「君の“能力”は、我々の持ち得ない戦力だ。コードネームを与える。……レヴェレーション(啓示)と呼ぼう」




 それが彼の新たな名だった。




 名前は消され、本籍は偽装され、戸籍すら存在しない。


 彼は“記録上存在しない兵士”として、裏任務を渡り歩くようになった。




 そのころには、共鳴能力はさらに深化していた。




 嘘は“濁った波”となって視えた。


 殺意は“赤黒く渦巻く光”として脳内に入り込んできた。


 そして、あるときは“未来の断片”を直感として捉えるようにもなった。




 人が死ぬ直前の“空気”の違和感。


 何かが起こる数秒前の、“空間の呼吸”。


 それは科学でも直感でもない、“共鳴”だった。




 それが、正義だったのか。


 それとも、ただ軍に利用されるだけの“機能”だったのか。




 クレインはまだ分からなかった。




 ただひとつ、確かなのは――


 あの日、自分は“人ではないもの”と繋がり、人であることの意味を問われたのだ。




 彼はその答えを、今も探している。




 政府に与えられた名前、レヴェレーション。


 だが彼にとってそれは、“選ばれし者”ではなく、“知ってしまった者”への烙印にすぎなかった。







 かつて俺は、"消される側"だった。


 いまは違う。


 この手で、歴史そのものを“消す側”になっていた。




 あれから幾年が経ったのか、もはや正確な記録もない。


 任務は淡々と与えられた。形式上は機密文書の護送、失踪者の追跡、国家機能に関わる施設の防衛。


 だが実態は、世界の“裏”にあるものを整える、調律者のような仕事だった。




 1963年――


 ケネディの名が消された日も、俺はそこにいた。


 「非協力的だ。誰かが引き金を引く」


 そう命じられたのは俺ではなかったが、照準と角度の“歪み”を調整したのは俺だった。


 それは銃撃ではない。波の“構造”だった。




 1969年――


 アポロ計画。


 人類が月面に立ったことになっているあの日、俺は地下深くのバンカーにいた。


 月ではなく、エリア51のスタジオにて、“現実の代替”が撮影されていた。


 それは“信仰”の演出だった。


 俺の役目は、“疑問”という波をすべて消すこと。


 思考を整え、真実の上に嘘をかぶせること。




 気づけば、エリア51の創設プロジェクトそのものにも俺は関わっていた。


 異星から来た破片、死にかけた生物、時間の流れが乱れる“穴”。


 そして――俺自身も。




 ある日、能力が進化した。


 正確に言えば、壊れた。


 時間の流れが“掴める”ようになった。


 波が完全に静止したとき、俺はひとりだけ、動いていた。


 音が止まり、色が消え、風が凍る中、俺だけが歩いた。




 時間を止めるというより、時間の“枠外”に立つ感覚。


 人間の存在座標から、一歩だけズレた場所に入るようなものだった。




 その頃からだった。


 誰でもない“何か”の声が、時折、囁くようになった。




 ──お前は、世界の支配者になれる。


 ──すべての波を止め、すべての真実を塗り替えろ。


 ──共鳴とは支配だ。選ばれた者だけが持つ力だ。




 俺は、それを黙って聞いていた。




 そんなある日、命令系統の上層が変わった。


 もはや政府ですらなかった。


 国の上に立つ、名前すら持たぬ“連中”――軍産複合体。


 武器と情報と資金で世界を回す者たち。


 マスコミを握り、大統領を操り、国家を“運営”する裏の組織だった。




 俺は、その最深部にまで関わった。


 否、連中は俺を"使おうとした"のだ。


 共鳴能力を、予知と暗殺と群衆支配に応用するために。


 そして創設されたのが――「セイガン」だった。




 ヒーローという皮をかぶった兵器管理機関。


 連中が“正義”という言葉を盾に、民衆を導き、戦争を演出するための装置。




 俺は……耐えられなかった。




 もはや“能力”ではなく、“意志”が汚される。


 共鳴の本質は理解だ。支配ではない。


 あの夜に出会った異星の存在は、そんなことのために力を渡したわけではなかった。




 だから、俺はすべてを置いて去った。


 名前も、地位も、記録も。


 “レヴェレーション”というコードネームすら、今は誰も使わない。




 今も連中はセイガンを動かし、次なる兵器を作り出している。


 だがその裏で、俺は違う時の淵に身を置いている。


 波を読む者として、静かにすべてを視ている。




 この世界がどこへ向かうのか。


 次に共鳴すべき声が、どこから響いてくるのか。




 まだ終わってはいない。


 “彼ら”が知らない波が、今もどこかで揺れている。




 その答えを求めて、クレインは後に名を捨て、姿を隠し、“総帥”となる。




 すべては――あのロズウェルの夜から始まったのだった。


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