第1章 風鈴の音に包まれて
宛先不明の手紙|「おばあちゃんのにおい」
ねぇ、未来の僕。
君はまだ、おばあちゃんのにおいを覚えてる?
夏の昼下がりの畳と味噌の匂い。縁側で風鈴が揺れて、僕がセミを見てるあいだ、おばあちゃんは麦茶を出してくれた。
学校で誰ともしゃべれなかった日も、おばあちゃんのとこに行けば「アラタはアラタでええんよ」って言ってくれた。
でも、いま僕はあの声をもう一度聞けないんだ。
学校も家も、どこにいても「本当の自分」がどっか行ってしまったようで、
誰にも見つけてもらえない気がしてる。
だから書いてる。君は今、ちゃんと“僕”のままで生きられてるの?
未来で、あの声の代わりに何を支えにしてるのか、
教えてほしい。
1通目の返事|「おばあちゃんの声は、いまも君の中にある」
アラタへ
まずは手紙をありがとう。まさか君から届くとは思っていなかったよ。
僕は、未来の君──名前は変わらないけれど、君の“ずっと先”にいる者だ。
おばあちゃんのにおい──うん、ちゃんと覚えてるよ。
味噌汁に溶けていた安心、蚊取り線香のやさしい煙。
あの静かな夕暮れが、今の僕を何度も救ってくれた。
君が聞こえなくなった“声”は、どこにも行っていないよ。
それは外から聞こえるものじゃなく、
いつか、君自身が誰かに優しく言うその一言に、ちゃんと宿っているから。
「アラタはアラタでええんよ」
それは、誰かの許しじゃない。
君が君を肯定する、その最初の言葉なんだよ。
僕は今、その言葉を胸に、多くの人と出会ってる。
君がいま苦しくても、その時間が、ちゃんと人の痛みに気づける君をつくってる。
また手紙、待ってるよ。
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