クルト・カペルトン

 日が暮れだした頃、あたし達は街へと戻ると一人の男性を見かけた。


 その男性はおおよそ三十歳前後だろうか、まるで誰かを探しているような不安げな表情をしていた。


 そう言えば、ニーナは孤児院だと言っていたので、そこの人なのかも知れない。


 あたしはその男性に声をかけようとすると、それよりも早くニーナがその男性の元へも駆け出していた。


「あ!クルトせんせいっ!」


「え?……ニーナッ!無事だったんだね!今までどこに行っていたんだいっ!?僕や他の先生方、それに孤児院の子達も皆ニーナを心配していたんだよっ!」


 どうやら、思った通りこの人は孤児院の人のようで、ニーナを見つけると急いで駆け寄り、彼女を抱きしめていた。


「あのね、ニーナね、ひとりでもりにあそびにいったんだよ。そしたらクマさんがでてきてね、ニーナ、こわくてなきそうになったの!そしたらね、あのルーナおねえちゃんがニーナをたすけてくれたんだよ!」


 ニーナの説明を聞いたクルトと言う男性は、あたし達へと顔を向けると、安堵の表情を浮かべた。


「そうでしたか……おっと、申し遅れました。私はサンフラワー孤児院の院長で、クルト・カペルトンと申します。ルーナさんこの度はニーナを助けていただき本当にありがとうございました」


「いえ……、でも大事にならなくて本当によかったです」


「ええ、本当に……。見た所ルーナさんは冒険者の方ですか?お礼はまた後ほどお伺いさせて頂きます」


「いえ、そんなお礼だなんて……」


「ねえ、クルトせんせい……」


 あたしがそう言いかけた時、ニーナが彼の服を引っ張りながらそう言った。


「どうしたんだい?ニーナ」


「ニーナ、まだあのこじいんでくらすの?」


「うん、そうだよ」


「パパとママはいつニーナをおむかえにきてくれるの……?」


 そう言うニーナの顔はとても暗く、不安げな表情でクルトさんを見つめていた。


「……ニーナのパパとママはお仕事が忙しいみたいだけど、終わったらすぐに迎えに来てくれるよ」


「ならニーナ、パパとママがおむかえにきてくれたときにみせるえをいっぱいかくね!」


「うん、そうだね。きっとニーナのパパとママ喜んでくれるよ」


 クルトさんはニーナに優しく微笑むと、ニーナも笑顔になった。


「あの……ルーナさん、時間があるときで構いませんので、もしよければニーナの遊び相手になってくれませんか?この子は他の子とは中々一緒に遊ばなくていつも一人で遊んでいるんです。ですが、ニーナはルーナさんの事を気に入っているみたいなので、もしよければ……」


「あたしでよければ……」


 あたしはまるで妹ができたように、内心この申し出を嬉しく思った。


「ありがとうございます。ほら、ニーナもう暗くなるから孤児院に戻るよ」


「うん!ルーナおねえちゃんバイバイ!」


 クルトさんはニーナの手を取り、孤児院へと帰って行った。

 途中ニーナが振り返りながらその小さな手を振ってくれていたので、あたしも手を降って返した。


「ふふ……、ニーナ本当に可愛かったわ」


「……あのニーナという子、親を失ったか捨てられたかしたんだろうな」


 ニーナが見えなくなった後、クロトがあたしの傍へとやって来るとポツリと呟いた。


 その言葉にあたしは衝撃を受けた。


「え……っ!?」


「ルーナはこの国は人々の暮らしやすい所だと思っているかもしれないが、蓋を開ければニーナのような孤児は沢山いる。親が魔物や野盗に襲われて命を落としたり、両親に疎ましく思われて孤児院へと捨てられたりと、その数は決して少なくはない」


「そんな……」


 その言葉を聞き、あたしは動揺を隠せなかった。


 あたしの住んでいるこのトリエステ王国、そしてその首都であるトリスタは皆が豊かに、そして幸せに暮らしているものだと思っていた。


 だけど、このトリスタに孤児院がある事をあたしは知らなかったし、ましてやニーナのように親を失った、もしくは捨てられた子供がいるなんて夢にも思わなかった……。


 あたしがお城で何不自由無く、そして暇だと言っていた裏側でニーナのような子供達が沢山いたなんて……。


 そんな当たり前の日常を送っていた自分が、そして何よりも自分が恵まれ過ぎていたことに少し恥ずかしくも感じた。


「ま、まあでも、そこまで悲観することはないさ!ルーナが気に病んだところで何かが変わるものでもないさ」


 あたしの表情が暗くなっていた事に気を使ってか、クロトが明るい声で励ましてくれていたけど、それでもあたしの心は晴れなかった。


 むしろ、この国の第三王女として孤児院や孤児の事を知らなかったと言う事実がとても恥ずかしく、そして情けなく感じた。


「……父上や兄上はニーナのような孤児がいるという事を知っているのかしら?」


「……俺にはそれは分からん。だが、孤児院は基本的に寄付で成り立っている。孤児院が存続出来ているということは寄付をしている人達がいるという事だ」


「……そっか」


 今考えた所であたしにはどうする事も出来ない……。

 ましてや、あたしがこの国の政策に口出しが出来るはずもない。


  だからと言ってこのままにもしてはおけない……。


(あたしにもニーナ達に出来ることは何か無いだろうか……?)


 あたしは重たい足を引きずりながら冒険者ギルドへと向かった。

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