500ドルツェの重み

 ニーナ達と別れ、冒険者ギルドへと戻ると、そこには多くの冒険者達がお酒を酌み交わし、今日の冒険の話や報酬の分配、明日の冒険の打ち合わせなど思い思い話に花を咲かせていた。 


 そんな彼らとは対照的にあたしは重たい足取りのまま受付へと向かった。


「あ、ルーナさんおかえりなさい。……どうしたんですか?何か顔が暗いようですが」


「いえ……、何でもないわ。それより薬草集めてきたわ」


「確かに、ではこちらが依頼の報酬です」


 受付の女性、フィオさんは薬草を確認するとあたしに500ドルツェを渡してくれた。


 これが今日頑張って薬草を集めた報酬金……。


 これがあれば少しはニーナ達の助けになるのかな……。


 あたしはそう思いながら受け取ったお金をじっと見つめていた。


「あの、どうされましたか?」


「え……っ!?いえ、な……なんでもないわ……!」


 そんなあたしをフィオさんは不思議そうな顔をしながら声をかけてきたけど、あたしは慌ててお金を懐にしまい、受付を離れた。


「すまない、これを見てほしいんだが」


 あたしと入れ替わりでクロトがフィオさんのところへとやって来ると、いつの間に回収したのかオウルベアの頭を受付へと置いた。


「これは……オウルベアですか……?」


「そうだ、ルーナと薬草を集めていたら、ニーナと言う孤児が襲われそうになっていたところを見つけ討伐した」


「この街の近くにオウルベアが……」


 クロトの言葉を聞き、先ほどまで賑やかだった冒険者ギルドが騒然としていた。


「それで、このオウルベアを倒したのはお前か?」


 クロトの話を聞き、一人の男性冒険者が彼の前へとやって来た。


 その男性冒険者は鉄の鎧を身にまとった青年で、おそらくはクロトと同い年くらいだろうか?

 茶化すような目でクロトを見つめていた。


「いや、倒したのは俺ではなく、こっちのルーナだ」


「ほう、こっちの嬢ちゃんか。見た所、新人の冒険者か?あんたみたいな嬢ちゃんがオウルベアを倒したとはな」


「……何か文句あるのかしら?」


「そう睨むなよ。いや、ただ大したものだなと思ってね。俺の名はジェスター・シュナイテッドだ、良ければ嬢ちゃん達の名前を教えてはもらえないか?」


「あたしはルーナ・ランカスターよ。こっちの彼は……」


「俺はクロト・ランカスターだ」


「ルーナにクロトか、よろしくな!」


 ジェスターという男性は気さくな様子で握手を求めて来たため、あたし達はそれに応えるように握手を交わした。


「それで、ルーナ。オウルベアを倒した感想とやらを教えてもらってもいいかな?」


 ジェスターは冗談交じりであたしへとウインクをしながら聞いてきた。


「……あたしは最初オウルベアと対峙した時、怖くて何も出来なかったわ。身体も、剣を持つ手も震えて身体が鉛のように重くなり身動き一つ出来なかった。でも、クロトが駆けつけてくれて、訓練通りにやれば良いと言ってくれて、それでどうにか動けるようになったけど、倒した後も暫くは身体の震えが止まらなかったわ」


「なるほど、訓練や練習ばかりで実戦の経験は無かったってことか」


「ええ、そうよ……。こんな腰抜け笑いたかったら笑いなさいよ……」


 あたしは最初こそ意気揚々と息巻いていたものの、いざ魔物を目の前にして、自分の身体が震え、動けなくなっていたことを情けなくて感じていた。

 しかし、そんなあたしをジェスターは笑い飛ばすことはしなかった。


「いや、別に笑いはしないさ。誰だって初めての実戦では緊張もするし、恐怖だって感じるものさ。現に俺だって初めて魔物と対峙したときは緊張して動けなくなったものだ」


「ジェスターは冒険者になって長いの?」


 あたしは気を遣われているのだろうかと思いながらも、彼があたしを慰めようとしていることだけは理解していた。


「あぁ、それなりにはな。」


「そっか……」


「ルーナは恥ずかしがっているようだが、恐怖を知るというのは大事な事だ。それはつまり自分の力量と言うものを分かっているという証拠でもある。逆に恐怖を知らない者は自分の力量も考えず無鉄砲に何にでも向かっていく、それは勇気などではなく愚か者のする事だ。恐怖を知れただけでもルーナはオウルベアと戦った甲斐があったと言うことだ」


「クロトにも同じ事を言われたわ」


「そうか、ルーナは良い相棒を持ったな。おっと、つい長く話し込んじまったな。俺はそろそろこの辺りで失礼するぜ。クロト、お前のほうが彼女より力量は上だろうからルーナの事をしっかり守ってやれよ!」


 ジェスターはそう言うと喧騒の中へと消えていった。


「ジェスターか……、人当たりの良さそうな男だが、見た所かなりの手練れのようだな」


 ジェスターと入れ変わるように今度はクロトがあたしの傍へとやって来た。


「分かるの?」


「ああ、あの立ち振舞い……、ルーナと話をしながらも俺とルーナの力量を正確に測っていた。どちらにせよ、只者では無いことには違いないだろうな」


 ジェスター・シュナイテッド……、あたしもいつかあの人のような冒険者になれるだろうか……?


「……クロト、今日はもう帰ることにするわ」


「分かった」


 あたしはクロトと共に冒険者ギルドを後にすると、「ルーナ・ランカスター」から「ステラ・ムーン・トリエステ」へと戻るため、お城へと向かったのだった。

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