Ⅱ-6.堕天的人間化計画①
ナナナが死んで、一週間が経った。
私たち家族はすっかりばらばらになってしまった。
ヨッカは朝、誰よりも早く起きて家を出て行く。そしてみんなが寝静まった頃に帰ってきて、自分の部屋で寝る。洗濯物を洗っていると、ヨッカは毎日ジムに行っていることが分かった。グレイズジム通いは前からの習慣だったけれど、今は露骨に私たちと顔を合わせようとしない。
二日前のことだ。ヨッカの夜の物音について文句を言うために、私はオパエツと二人、玄関で夜遅くまで待ち構えていた。
帰ってきたヨッカに、食って掛かろうとするオパエツを抑えて、私は物音に困っている旨を伝えた。するとヨッカは
「ごめん。風呂とかはジムで済ませてくるし、足音も気をつけよ」
とだけ言って、私たちの脇を抜け、部屋に戻ってしまった。
悪態のひとつでも付かれるかと思った分、私は拍子抜けして何も言い返せなかった。
オパエツも、私と同じで閉口した。
ヨッカの言うとおり、夜の騒音は解決し、昨晩はいつ帰ってきて、いつ出て行ったのか、最早分からなくなっていた。
我が家で最も重症なのはマレニだった。
遊びに誘っても、絵のモデルを頼んでもマレニは部屋から出ようとしなかった。
あれだけやかましいと思っていた歌声も、一切聞こえなくなり、代わりに聞こえるのは啜り泣く声だけだった。
一日で唯一マレニが顔を出すのは、夕方の一時間だけ。日が沈むその頃になると、マレニは部屋の扉を開け、キッチンに立つのだ。
そしてその日の夕飯と、翌日の朝食、そして昼食を作る。夕飯は私たち三人の分を配膳して、翌日の分は冷蔵庫にしまう。自分の分だけは盆にのせて部屋で食べていた。
洗い物はオパエツが、買い出しは私が配膳と共に添えられた書き置きに従ってやっている。ヨッカの分はテーブルに置いておくと、翌日の朝には無くなっていた。
ナナナがいなくなって一番困っている炊事の穴だけを埋めて、マレニもまた、他の家族と顔を合わせようとはしなかった。
偏屈なオパエツが、今の家族の中で唯一まともに話せる相手だった。
それが一番、この家族が変わってしまった証左のように思えた。
そんなことを正直に言ったら、オパエツに鼻で笑われた。
私はといえば、絵のモデルがいなくなってしまったので、最近は部屋にいれば図書館で借りた本を読み、マレニのおつかいがあれば、そのついでに公園で道行く人のスケッチをした。
道行く人というのはスケッチが難しい。すぐどこかに行ってしまうから、早描きをするか、さもなくば記憶を頼りに描かなくちゃいけない。なのに、道行く人を記憶で描くのは、どうにも上手くいかなかった。
そんな、何も上手くいかない日々が、一週間続いた。
おつかいで外に出たはいいものの、公園で絵も描きたくないし、家にも帰りたくなかった私は、気付くと役場の前に来ていた。
ナナナがいなくなって一週間。それはつい数ヶ月前、前のナナナの耐用年数が来て、新しいナナナを待っていた時間と同じだった。
あの日、ヨッカと一緒にナナナを迎えにきたときと同じように、ナナナに会えるんじゃないか。半分冗談で、半分は本気で、私は役場の自動扉をくぐった。
役場の戸籍課は記憶よりも慌ただしく、人々が目まぐるしく動いていた。
玄関ロビーで呆然と立ち尽くす私に、係のスタッフが寄ってきて訊ねた。
「本日はどのようなご用件で?」
私は、何も言えず、役場から逃げるように出て行った。
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