第14話 王子の“罪”と、箱庭の“真実”


《俺は、この世界のバグだ》


静燈先輩から放たれた言葉は、あまりにも衝撃的で、私と笑ちゃんは、ただ息をのむことしかできなかった。

「バグ…って、どういうことですか?」

私が、かろうじてそれだけ尋ねると、燈先輩は、感情の読めない瞳で、空間に浮かぶ無数の光の線を見つめた。

《この『箱庭(アヴァロン)』は、現実世界で心に深い傷を負い、生きる気力を失くした人間の魂を収容する場所だ》

彼の言葉は、淡々としていた。けれど、その一言一言が、ズシンと重く私の心にのしかかる。

《収容された魂は、ここで『言霊』という力を与えられ、競わされる。その過程で生まれる強い感情エネルギー…特に、嫉妬、憎悪、劣等感といった負のエネルギーが、この世界を維持するための『糧』となる》

「糧…?」

「じゃあ、私たちの頑張りも、悔しい気持ちも、全部、この世界のエサにされてたってこと!?」

笑ちゃんが、信じられないというように叫ぶ。

《そうだ。そして、この世界の管理者は、生徒たちの魂が完全に『飼いならされた』と判断した時、その魂から全ての感情を抜き取り、空っぽの抜け殻にして、現実世界へ送り返す》

ぞっとするような話に、私の背筋が凍り付いた。感情のない、抜け殻…。それは、もう「生きている」とは言えない。

《俺は、数年前にこの世界に囚われた。そして、ある事件をきっかけに、この世界のシステムに干渉する力を手に入れた。管理者から見れば、俺は制御不能のバグであり、イレギュラーな存在だ》


燈先輩は、そこで一度言葉を切ると、私をまっすぐに見つめた。

《――お前も、な》

「え…?」

《言吹ことは。お前の『共感』の力は、本来この世界では生まれないはずの、特殊なスキルだ。それは、他者の感情をただのエネルギーとして消費するのではなく、理解し、共有する力。この世界のルールを、根底から覆しかねない》

だから、私は「鍵」であり、「監視対象」だったんだ。

《俺は、ずっとこの歪んだシステムを破壊する方法を探してきた。そして、お前が現れた。お前は、俺の計画を完成させるための、最後のピースになるかもしれない》


彼の瞳は、静かだったけど、その奥には、暗く、燃えるような決意の色が宿っていた。

私は、ゴクリと唾をのむ。彼が背負ってきたものの重さが、少しだけ、わかった気がした。


「じゃあ、燈先輩のお父さんやお母さんは…」

ふと、笑ちゃんが素朴な疑問を口にした。

燈先輩は、少しだけ目を伏せる。

《この世界に、親はいない。生徒も、教師も、学園長でさえ、全てが『沈黙の魔書(グリモワール)』と呼ばれる、この世界の創造主によって作られたプログラムだ。――ただ一人を除いて》

「一人…?」

《黒崎玲蘭の兄…俺の、親友だった男だ》

彼の言葉に、私は息をのんだ。

《あいつも、俺と同じように現実世界から囚われてきた人間だった。そして、俺たちは、この世界の真実に気づき、二人で脱出しようとした》

燈先輩の脳裏に、過去の光景が蘇っているのが、私には痛いほど伝わってきた。

《だが、俺たちは失敗した。脱出の直前、システムの番人に見つかり、あいつは俺を庇って、その魂を完全に『削除』された。――俺の、目の前で》

彼の声なき声が、震えている。

《俺がもっと強ければ。俺の力が、あいつを守れていれば…!》

後悔、絶望、そして、自分への怒り。彼の心から流れ込んでくる、あまりにも黒く、重い感情に、私の胸が締め付けられる。

《それ以来、俺は声を捨てた。俺の言葉は、誰も救えない。大切な人間を、守ることすらできない。だから、俺は誓ったんだ。二度と声は出すまいと。そして、このクソみたいな世界を、俺一人の手で、必ず破壊してやると》


それが、彼の「罪」であり、「誓い」。

なんて、重いものを、彼はたった一人で背負ってきたんだろう。

玲蘭先輩が、あれほどまでに燈先輩に執着し、同時に憎んでいた理由も、今ならわかる。彼女は、燈先輩が兄を見殺しにしたと思っていたんだ。でも、本当は…。


「独りじゃないですよ」

気づけば、私はそう口にしていた。

燈先輩が、ハッとしたように私を見る。

「先輩は、もう独りじゃありません。私たちがいます。笑ちゃんも、モコも。そして、きっと、玲蘭先輩だって…」

私は、彼の前に一歩踏み出す。

「先輩が背負っているもの、全部は無理かもしれないけど、少しでも、私たちに背負わせてください。一緒に、戦わせてください。この世界から、みんなで『ただいま』って、帰るために」


私の言葉に、燈先輩の瞳が、わずかに揺らいだ。

隣で、笑ちゃんが力強く頷く。

「そうだよ! 私たち、もう『共犯者』なんでしょ!」

「そうだそうだ! このモコ様の知恵も貸してやんよ! 有料だがな!」

モコまで、いつになく頼もしいことを言っている。


燈先輩は、私たちの顔を一人ずつ、ゆっくりと見つめた。

そして、長い沈黙の後、彼の目の前の空間に、たった一言だけ、言葉が浮かんだ。


《――礼を言う》


それは、今まで見たどの言葉よりも、温かくて、優しい光を放っているように、私には見えた。

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