第三部 反逆のグリモワール

第13話 禁断区域と、王子様の“共犯者”

「この世界の真実を知る」

そう決意したものの、一体何から始めればいいのか、さっぱり見当がつかない。

私と笑ちゃん、そしてモコは、寮の部屋で作戦会議を開いていた。

「うーん、やっぱり、あの時計塔にもう一度忍び込むしかないんじゃない?」

「馬鹿かお前は。一度バレてる場所に、のこのこ出かけていくアホがいるか。罠が張られてるに決まってんだろ」

「じゃあ、どうすればいいのよ!」

ギャーギャーと口論を始める笑ちゃんとモコを横目に、私は燈先輩から渡された専門書をパラパラとめくっていた。すると、あるページに挟まっていた一枚の古い栞が、ハラリと床に落ちた。

「ん…? なにこれ」

栞には、インクで小さな文字が書き込まれている。

『禁断区域ノ四。月の涙ガ降ル場所ニ、真実ノカケラは眠ル』

「禁断区域…?」

学園には、生徒の立ち入りが固く禁じられている場所がいくつかある。危険だから、というのが表向きの理由だけど…。

「月の涙が降る場所…って、なんだろう?」

「さあな。ただの言い伝えの類じゃねぇのか?」

モコが興味なさそうに言う。でも、私の胸は、なぜかドキドキと高鳴っていた。これは、きっと燈先輩からのメッセージだ。彼が、私に何かを伝えようとしてくれているんだ。


「行くよ、笑ちゃん!」

「ええ!? 行くって、どこに!?」

「決まってるでしょ。禁断区域だよ!」


***


その日の夜。

私と笑ちゃんは、寮をこっそり抜け出し、モコの案内で『禁断区域ノ四』へと向かっていた。そこは、学園の敷地の最も奥にある、巨大なガラス張りの植物園だった。

「うわー…綺麗…」

ガラスのドームの中は、月明かりに照らされて、幻想的な光景が広がっていた。見たこともない植物たちが、青白い光を放ちながら静かに揺れている。

「で、月の涙ってのはどこにあるんだ?」

モコが言う。私たちは、手分けして園内を探し始めた。

しばらくして、笑ちゃんが声を上げた。

「ことはちゃん、見て! このお花、泣いてるみたい!」

彼女が指さす先には、月の光を浴びて、キラキラと光る雫を葉から滴らせている、大きな白い花があった。まるで、涙を流しているように見える。

「月の涙…これだ!」

私たちがその花に近づいた、その時だった。

「――やはり、来たか」

背後から聞こえた、静かな声。いや、空中に浮かんだ、見慣れた文字。

「ひゃっ! し、静燈先輩!」

そこには、まるで最初からそこにいたかのように、燈先輩が静かに立っていた。

「どうしてここに…」

《お前がここに来ることは、わかっていた》

彼は、当たり前のように言う。

《この栞は、俺が挟んだものだからな》

「え…」

やっぱり、これは彼からのメッセージだったんだ。

《お前は、この世界の真実を知りたいと言ったな》

私は、こくりと頷く。

《なら、見せてやる。だが、覚悟はいいか? ここから先は、もう後戻りはできない。お前はただの生徒ではなく、この世界のルールに逆らう『共犯者』になる》

共犯者。その言葉の重みに、私の喉がゴクリと鳴る。

隣で、笑ちゃんが私の手をぎゅっと握ってくれた。「ことはちゃんとなら、どこへでも!」と、その目が語っている。

私は、燈先輩をまっすぐに見つめ返した。

「覚悟は、できてます」


私の答えを聞くと、燈先輩は「月の涙」を流す花の前に立ち、その雫を指先ですくい取った。そして、何もない空間に向かって、その雫をそっと振りかける。

すると、雫が触れた空間が、水面のように揺らぎ始めた。

「な、なにこれ!?」

揺らぎはどんどん大きくなり、やがて、人が一人通れるくらいの大きさの、きらめく光の渦へと変わった。

《これが、この世界の『壁』の綻びだ。真実へ続く、隠された道》

燈先輩は、私たちを振り返る。

《来るか?》

その問いは、静かだったけど、有無を言わせない力強さがあった。

私と笑ちゃんは、顔を見合わせ、力強く頷いた。


光の渦に足を踏み入れると、ふわりとした浮遊感に包まれた。目を開けると、そこは、信じられない空間だった。

壁も、床も、天井も、全てが数式やプログラムコードのようなもので埋め尽くされている。無数の光の線が、まるで神経回路のように、空間を縦横無尽に走り回っていた。

「こ、ここは…?」

《この学園の、いや、この『箱庭(アヴァロン)』のバックヤードだ。世界の全てを管理している、中枢》

私たちは、息をのんでその光景を見つめる。

すると、空間の一角に、巨大なモニターのようなものが浮かび上がっているのが見えた。そこには、学園の生徒たちの顔写真と、名前、そして、様々なデータが表示されている。

私は、自分の名前を探した。


【言吹ことは:現実世界での精神的ストレス値92%。魂の定着率85%。言霊タイプ:共感(※暴走傾向アリ。システムの根幹に干渉する危険性。要監視)】


「これって…私たちの個人情報…?」

笑ちゃんが、青い顔で呟く。

そうだ。私たちは、ここで全てを管理され、監視されているんだ。

私は、隣にある燈先輩のデータに目をやった。


【静燈:――ERROR――データ破損。読み取り不可。警告:対象は、システムの管理者権限の一部を掌握している可能性アリ】


「え…?」

エラー? データ破損? 管理者権限…?

私が混乱していると、燈先輩は静かに言葉を紡いだ。

《俺は、この世界のバグだ》

彼は、自分のデータが映るモニターを、静かな、しかし底知れない憎しみを込めた瞳で見つめていた。

《そして、この歪んだ箱庭を、内側から破壊するためにここにいる》


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