第3話 冒険者


ごく…ごくっ…ん…ふはっー…


「なんかこの水不味い!」


 —川のサワサワと流れる流水にまだ少し雪が積もる雪景色、動物や木々は未だに顔を見せない…そんな冬の終わり際の銀世界、倒木に腰を下ろした1人の女性がいた、ヴァラックである。


「"ぐびっ"(…んん…不味いなぁコレ…)あれなんか藻が…」

プッ… ゴソゴソッ


 はぁ…煮沸くらいした方が多分いいよな…細菌的なあれで…


ゴソゴソ…タプっ…

キュポンッ

 —腰を下ろしている倒木に立て掛けたバックバッグを片手で漁り、キャップタイプのガラス瓶を取り出した。

 軽く揺らすとトプントプンと液体が音を立て波打った、それを緩く見つめた私は親指を上手く使い片手でボトルを開けた。

 "んあ"と開けた口に向け、指二本で挟んだボトルを180度回転させ口を付けずに液体を流し込んだ…ボトルのラベルには『66度』の文字が刻まれていた、つまり酒である。


「あー…"ごっ…ごっ…ごきゅん…"…ふ…カクテル用のウォッカだけど…これはこれでいいな…」


コパぽぽぽぽぽぽ…

「ふーっ…家だと・・・師匠がいて飲めないからなぁ…」


ドポンっドポンっ…ゴクッゴクッ…!ゴキュンッ…

「"んっんっんっ"…ぷふっ…目の前で飲むと師匠顔が"しおしお"ってなるんだよな…」

カラカラカラ…キュ…キュ…


 —度の高いウォッカを一息に飲むと"バフッ"っと言わんばかりの酒気を漏らした。

 ——しかし、何と言ってもこの『ワイン』にも比いる香り高さ、いつか飲んだ高級酒『ドワーフの大火事船米(※土地と家が買えるくらい)』に近いスパイシーな香りだ、師匠が『トモダチ』から貰ったモノを私に少し分けてくれた時に一杯飲んだ。


「ふぉ…、うい〜…。」

たぽんっ!

「…リキュールが欲しいな、苦いリキュールに混ぜて、硬いジャーキーに喰らい付く…。」

「"じゅる…"おっとイケナイイケナイ…、」


 師匠は酒が苦手だが、別に弱くない…ってか酔ってるところ見た事ない、あれだって度数『650%』くらいある大鬼酒だ、一本川に流せば『鬼の集落が壊滅する程』なんて言われる酒だ。

 —私も2杯目はイナなかったのに、師匠は3杯飲んで、酔った私を見て苦笑いしてたし…。


「うむ…『ドワーフの大火事船米オオカジセンマイ』…」

「あれは美味かったなぁ…」

「遠征50回もすれば買えるか…?いや、流石にあの酒を保管するのは師匠が嫌がるな…むぅ」


 酒が入り、1人な事もあって、独り言が加速する私は、そこそこ安い酒に貼られた紙のラベルを、剥がしてポケットにしまう。分別する必要はないんだが、酒屋にラベルを剥がした瓶を持って行くと、処理が楽だとかで極力協力しているだけだ。

 —やや火照る関節に言い難い気持ち悪さと心地よさを感じながら瓶を閉めバッグに入れ…ようとしたがピタリと動きを止めた。


シャリ……シャリ……シャリ…

「…」


シャリッ…シャリ、ジャリ ザッザッザッ

「…」ギョロ…


 バッグから視線だけをギョロリと変え現れたモンスター・・・・・に驚いた。—ネコ科のモンスター、銀の体毛に青と黄のオッドアイそして何より目を惹くのが…


「トラバサミの如き…外皮口鎧くちもと…」


ゴロロロロ…

「ゴルルルルルルァ…」


銀口鎧虎シルバーバイトタイガーか!」


「ゴアアアアアアアアア!!」


——


 ——銀口鎧虎シルバーバイトタイガー…トラバサミの様な肉は神経が通っていないが成長する、寒さのあまり壊死と凝固を繰り返し黒ずんだ肉は鋼以上の硬度を持つモンスター。


——


ドッドッドッドッドッドッ!(※虎の走る音)

「飲酒後には…」


ドッドッドッドッドッ!

「ゴアアアアアアア!!」


ドッドッ…グワッ!(※飛び込む音)


「ゴロロ…ッ!?」


「運動したくないんだがな!」

ガシィッ!!


 —猛進するモンスターであったが、容易くヴァラックは掴み取り半円を描く様に地面に叩きつけられた。しかしながら、流石ネコ科のモンスターだけあって落下に対して耐性があり、ふらつきながらも跳び距離を取った…が


「フッ…フッ…フッ…フスッ…!」


「…強いな、大抵のモンスターはこれで逝くんだがな」

「ッゴロロロ…」

ジリッ…ジリッ…

「そんなモンスターにプレゼントだ」

ガリリリリリ!!!ゴリッゴリッ!


 ———それが良くなかった。


「フッー!」

ブオッ!!ヒュッ!

『キラッ…キラキラキラキラ…』

「…?」

『キラキラキラキラキラ…』

「受け取ってくれ」


 キラキラとモンスターの目に幾つもの氷が浮かんだ…"なんだこれは"と言わんばかりに目を見開いて見た…


『キラキラ…——ドドドド…ッ』

「!?」


 次の瞬間には疾風の如き風鳴りが鳴り響き、裂けるような痛みが走った。


『ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!』

「ゴ ァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」


 ——『ガラス』だ、ヴァラックは空になったウォッカの瓶を握りつぶし投擲したのであった。しかしながらモンスターが当然ただのガラス片で即死するわけがなく、傷だらけになりながらも血の滲む瞳を再びヴァラックへ向けた。


「まぁこれで終わるならさっきで死んでるか」

「ガゥ!?」

「チェックメイトの時間だ」

バギョッ!!!!


「カッ…っ!!!」


 ——向けた瞳はヴァラックの靴底を見るばかり、最後にみた景色は黒い光沢を浴びた靴のゴム底だった。

 深く踏み抜き、絶命したと確信してからゆっくりと引き抜いた、白目を剥いて死したモンスター…2mを超えるヴァラックと同程度の大きさを誇るモンスターを肩に掛け、バックバッグを抱えて山を下った。


○街


ザワザワ…ザワ…


「流石に目立つか…と言うかコイツ…軽い・・?」

「そんなデカいの背負ってよく言うな」


「…受付さんがこんな所いていいんですかい?」


「ササキさん」

「お昼休憩から戻る所だ」


 —街の中、血を滴らせた大きなモンスターを背負った巨女…目立たない筈もなく視線を集めていた、そんな視線が『ササキ』と呼ばれた人物に移った。


「…酒飲んだ?」


「ちょっとな、そんな事より一緒に戻るか」

「絶対ちょっとじゃな…まぁいい行くぞ」


 ササキはシャツの上から革のジャケットを羽織り、眼帯、葉巻ケースを腰に下げた女性(?)だった。

 女性にしては声が低く男性にしては高い、男性にしては華奢だが女性にしてはガタイが良い…そんな中性的な人物だった。


チラッ…チラチラ…


「おい…あの子綺麗な顔してるな…」コソコソ…

「お…ありゃササキちゃんだよ!隣にいるのはヴァラックか、相変わらず何かしら『背負ってる』な…」ヒソ…

「ササキさんは冒険者ギルド・・・・・・の受付さんなんだって〜」


 視線を集めた理由はシンプルにイケメンであったからだ、中性的な顔立ちでキリリとした目元、高い身長の美人…それはもう視線を集めた。

 しかし、それとは別の角度からヴァラックも視線を集めたのであった。


「おっかぁ!あの女の人大っきい!女の子なのにパパよりイケメン!」

「あらヴァラックちゃんね…相変わらず大きい子ねぇ〜、それはそうとお父さんが可哀想だからそれはお父さんに言っちゃダメよ?」


 ヴァラックとササキは刺さる視線と時々聞こえてくる会話に少し恥ずかしく思い気持ち足早に冒険者ギルドへ向かった。

 2m越えのヴァラックと、190cm台のササキが並ぶと注目を浴びる、ササキの美顔には及ばずとも普通に整った顔をしているヴァラック…巨体と全身黒の衣服を纏ったミステリーな雰囲気に誰もが目を向けた。


「ハハハっ…流石に恥ずかしい」

「よく言うぜホスト扱いされてる受付さんよ…って言いつつ性別知らんのだが」


「ホストって私の性別は…あ、もう着くよ」


 ギルドに入りまず飛び込むのは大きな酒樽、というのもこの街は寒冷地である為酒造に力を入れており、それに合わせてギルドの内装はかなりバーに近い構造をしていた。


「おーぅ!ササキちゃーん!昼行ってたのか、今日休みかと思ったぜぇー」


ゴソッ…

「酒臭いよカス・・訳してサケカス」

ジジジジ…ッボゥ!


「そういうお前は葉巻くせぇよ訳してササキ・・・だ!」

「「「「なんにも訳せてねぇ!」」」」

ギャハハハハハハハ!!


 …酒飲みとヘビースモーカーにはついていけんわ…と言いつつワインをあおる「誰が言ってんねん」状態のヴァラックであった。まぁ折角だし、依頼報告ついでにアルコールを入れようと、適当に頼んだ酒を一口、…ふと、視線の先に、特に顔を知った人物らを見つけワイン片手に足を向けた。


「よ、昨日ぶり」

「よー!ヴァラック!昨日ぶりだな!飲んでるかー!」

「もちろんだ」

「「乾杯」!」グビグビッ…

「あんまり飲み過ぎるとまぁた薪割り巨人(※ガルンの事)の顔がシオシオになるでゲスよ」

モチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャ…

「「食いながら喋んな!」」


「ははは…」


 軽く掲げた杯に応える様に、ジョッキを上げて返した短髪の大柄な男、ゴーグルを首に掛けた瓶底メガネで出っ歯の男。—そしてイソイソと見慣れない華奢な男の子が恥ずかしそうに座っていた。

 チラ…と私の目を見てはすぐに逸らしてしまう…そんな反応に私は頭に「?」を浮かべて、その男の子の席の近くの卓上に手をつき、膝を曲げて視線を軽く合わせる。


「…初めまして…かな?」

「はっぅ…!はz…初めまして!『エミ』と言います!下銀級で冒険者やらせて頂いてます!今はこのお二人と一緒にパーティを組んでいて…あっあっの!ファンです!僕最近こっちに越してきた者で、えっとあの!」


ぺしっ

「あうちっ…」

「ふ…——初めまして、『上銀等級』のヴァラックだ、専門は近接戦のソロでやってる好きな酒は40〜70の度数が良い…よろしく」

「はひっ!」


 —差し伸ばされた手をマジマジと見つめた男の子はそっと握り返した…手を握ってヴァラックは思った…


 手汗でビッチョリだった、と


「そんな緊張してたのか…」

「へっ…あっテアセ!?ごぇんなさい!」

「フフフ…ッ、気にすんな」


 あまりにウブな少年に、少しクスリと来てしまう。


「で?こんな大女おおおんなのファンだって?」


 私のファンは…正直、別に少なくはない…というよりかなり多い、とくに同性のファンが多く、道を歩けば声を掛けてくる殆どが女性の程だ。

 —しかしながら同業者のファンは男女共に珍しい、であるがそうでなくても、その上見た事のない冒険者である『エミ』に興味を示した。


「ふぁい!だっ、だってこんなカッコいい女性ファンにもなりますよ!」


「本人の目の前で言って恥ずかしくない?」

「僕がいた国にもその名声は轟いていますよ!」


「聞こうや、話」

「性別に囚われないその強さに皆んな貴方に憧れてますよ…!」


 —女は男よりも弱い、冒険者間でよく囁かれている話である…しかしそれも当然なのだ筋力は大きく劣り、唯一優っているのは身軽さくらいだが、所詮人の子でありたかが知れている。

 しかしながらその通説にカウンターを喰らわせたのがヴァラックだった。


「貴女の『最初の冒険譚*』は今でも吟遊詩人の歌の中でもメジャーですよ」

「…あれは盛られてる」


——


☆黒衣の少女


『goooooraaaaaaaaooooooo…』


 ——『小さな集落に50もの恐鬼オーガが攻めてきた…既に半数以上の村民が殺害され、救助に訪れた冒険者達も既にオーガに恐れて逃げ仰た。


『グルァアアアアア!!』

『ゴロアア…ッ!イーナ…モョーシォド!!』

『イーナ!トォコォ、ナンゾ…』


 ——しかし1人だけ残ったのである、その冒険者を喰らわんとオーガが殺到した…だがその毒牙は瞬く間に折られた。 

 —あらゆるを一歩も後退せず仕留めたのである、背後にはまだ生き残っていた村民が居たからだ、初めて動いたのは最後に生き残ったオーガの頭目であった『恐兇魔戦鬼オーガウォリアー』が逃げた時であった。


 その時守られた村民は今まで閉じていた瞳を開けた…瞬間映った黒髪に黒衣…そしてなにより黒きマスクをつけた冒険者だった、蹴り殺され地に伏したオーガウォリアーの背に立つ冒険者を見て・・1人の少女は観た・・


 獲物を狩るハヤブサを確かに幻視した。』


——


「これが貴女、ヴァラックさんの二つ黒隼の所以ですよね!」


「目の前でよく言えるね本当」


 ——ヴァラックは暫く恥ずかしさのあまり、片手で目を覆った。

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