第9話「土の砦」
ダラン、リティアは王国軍の部隊を引き連れ魔王軍の野営地に向かう。
兵士たちは予期せぬ進軍に、口には出さないが各々不安の表情を浮かべ指揮は低い。
鎧の継ぎ目からは汗がにじみ、誰もが沈黙を守る中、歩調はどこか重く、緊張と不安が背中を押し下げていた。
曇り空の下、風はなく、空気はやけに湿って感じられた。
それもそのはずだ。
彼らの本来の目的は“偵察”。いざとなれば戦闘になる覚悟はあっても、自ら戦端を切り開く想定はしていなかった。
そんな兵士たちの感情をダランは気づいていた。
数々の戦場を戦い抜き、幾多の兵士たちと出会い別れてきたダランだからこそ、肌身で感じるものがあった。
「皆、案ずるな。魔族など烏合の衆、貴殿らであれば物の数ではない!真に恐れるは六将の存在だが……なに、俺が六将を倒せば良いだけの話だ」
ダランが兵士たちを鼓舞し、兵士たちの顔色が明るくなる。
「……それに皆、運がいい。ここには聖女様がおられる。彼女の回復魔法は凄いぞ!例え胴が真っ二つに裂けても彼女の手にかかれば傷跡も残らん!!そして……なにより拳で語る豪傑ときた」
「ダラン!最後のは余計じゃない?」
ダランとリティアのやり取りで小さな笑いが起き緊張が解ける。
⸻
先頭を案内する部隊長の足が止まる。
「ダラン様、リティア様、見えてまいりました。魔王軍の野営地です」
そこには野営地には似つかわしくない堅牢な砦が聳え立っていた。
砦の外壁は土色でありながら、自然の土とは異なる艶と重みを持ち、まるで「生きているかのような威圧感」があった。
城壁の上には魔族の見張りが並び、赤い眼だけが光の中でぎらついていた。
「これはこれは敵ながら立派なものだ……」
顎髭を指で撫でながら感心するダランを押しのけてリティアが前に出る。
「なによあれ!野営地じゃなく砦じゃない!」
慌てふためき頭を抱えて騒ぎ立てるリティアを尻目にダランと部隊長は事務的な会話をはじめる。
「あれは、いつ出来て、何で出来ている」
「はい、近隣の村の者によると一晩で出来たと聞いております。城壁と外壁の見た目から土に見えますが、雨風による劣化は見られず、かなりの強度を有するものと思われます」
「……なるほど、冷静に見るに、大地の《テラモン》の仕業だな」
「はっ、間違いないかと」
「内部の兵力は?」
「おおよそ魔族兵が二百程度でさほど多くはありませんが実力は不明です。それに六将ともなると私の部隊では……」
ダランは再び顎髭を弄りながら、考えに耽る。
「やはり、増援を待つべきではありませんか?籠城されれば攻城戦になります。もたつけば魔王軍の増援が到着する恐れもあります。」
冷静に事態を分析する部隊長の提案は理に叶っていた。
通常の戦闘であれば大軍を持って敵城を攻略するのが無難である。通常であれば……。
「ならば、試してみるか!」
「……ん?」
ダランが腰の剣を抑えながら立ち上がり、部隊長は何を言っているか分からないようだった。
「な、何をお考えで!?」
「うん?何をとは無粋な。このまま真っ正面から仕掛ける!それだけのこと」
「え、ええっ!!」
部隊長は腰を抜かしかけ、ダランの行動を止めようとするが――
冷静さを取り戻したリティアが静かに語り出す。
「援軍を待つ余裕も、もたもた攻城戦をする時間も、私たちにはないのよ」
「…なるほど、確かにダラン様、リティア様には魔王討伐と言う名の任務がーー」
「お風呂とベッドは待ってくれないのよ!」
「……」
部隊長の思考が停止する。
リティアは堂々と一歩一歩を踏み締めて歩き出す。
部隊長はそれ以上何も言えなかった。
「……あの、ダラン様。失礼ながらお尋ねしますがーー聖女様は、昔からあの様な方でしたか?教会で拝見したときとは、少し……印象が違いまして……」
「旅とは己を成長させ変えるものだ。リティアもこの旅で何かを見つけたのだろう。……さ、貴殿らも用意せよ」
ダランは唖然とする部隊長の肩を軽く叩き、小走りでリティアの後を追う。
城門を真正面に捉え、戦闘態勢を取るリティアにダランが続く。
「ダラン、一気に仕掛けるわよ」
リティアの目に宿る光は、まるで燃え立つ星のようだった。
彼女の拳に集まった神聖魔力が、掌から零れ落ちるように輝き始める。
ダランは黙って剣の柄を握り締めた。地を踏むその足から、周囲の空気が震える。
古戦場で何度も敵を薙ぎ払ってきた重厚な気配が、そこにあった。
二人が動いた瞬間、風が走る。
解き放たれた斬撃と閃光が、一直線に城門へと放たれた。
剣閃は空を裂き、聖なる閃光は雷のように奔る。
巨大な城門が、音を立てて砕け散る。飛び散る破片と舞い上がる土煙。
カーン、カーン、カーン――
敵襲を知らせる鐘の音が、野営地に鳴り響いた。
その音は、まるで戦いの幕開けを告げる号砲のように、辺り一帯に響き渡った。
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