第2話「違和感の正体」
朝露が降りた草を踏みながら、ボクたちは森の獣道を進んでいた。
誰も喋らない。
リティアは前を歩きながら、ときどき後ろを振り返る。
その視線の先にいるのはボクじゃない。アルベルトだ。
ルーシーは明るく振る舞ってはいるけれど、芋の皮を剥く手つきがいつもより雑だった。
ダランは、黙ったまま腰の武器を何度も触っている。手癖というより、何かを考えているような仕草だった。
ボクはというと――ただ黙って、荷物を背負っている。
「勇者」という肩書きが、リュックよりも重く感じた。
⸻
「ヨルト君、先ほどの交差点で分岐を確認しました。進行方向は右で問題ないでしょうか?」
アルベルトが話しかけてくる。
声は落ち着いていて、抑揚がない。でもその“丁寧すぎる感じ”が、今の空気の中ではどうにも浮いて聞こえる。
「う、うん。右で合ってると思う」
「確認ありがとうございます。皆さんにお伝えしますね」
彼は歩みを止め、全員に向き直った。
「皆さん、次の分岐は右です。勇者の判断ですので、それに従いましょう」
ぴた、と空気が凍った。
ルーシーが「りょ、了解~!」と声を上げたが、その声がほんの少しだけ裏返っていた。
ダランは目を細めていたし、リティアは黙って頷くだけだった。
⸻
――なんだろう、この感じ。
アルベルトは、“自分が原因”だとは思っていない。
でも、“空気が重い”ことには気づいている。それで、ボクに「場を明るくする」ようにと、気を遣ってくれている。
それが余計に、痛い。
アルベルトは、彼なりに誠実に行動しているんだ。
だからこそ――誰も責められない。
⸻
昼、川辺で昼食を取ることになった。
ルーシーが手早く調理道具を取り出し、乾燥野菜を煮込み始める。
その動きはいつもより少し荒っぽくて、火加減も雑だった。
「お昼はスープだよ~! 隠し味は……うーん、愛情?」
笑って言ったけど、誰も返事をしなかった。
ルーシーの顔が、ほんの一瞬だけ曇った気がした。
⸻
「ヨルト君」
静かに名前を呼ばれて、顔を上げると、アルベルトがスープ皿を差し出していた。
「スプーンが見当たらなかったので、私の分を先に使ってください」
「あ、ありがとう……でも、それじゃアルベルトさんが……」
「私はあとでいいですよ。支援魔法の効率計算を優先したいので」
丁寧な言葉。穏やかな目。
でも、周囲の空気は、また少しだけ沈んだ。
リティアが、スプーンを口に運びながらふと呟いた。
「……“支援魔法の効率計算”って、あなたらしいけど……会話の熱を下げるわよね」
アルベルトは少しだけきょとんとした顔をした。
「そうでしょうか? 会話には論理的な根拠が必要だと思っていましたが……」
「人間関係は、論理でできてないの」
リティアが静かに言った。
⸻
誰も怒っていない。誰も責めていない。
でも、何かが――ズレている。
アルベルトは悪くない。むしろ彼は、仲間の中で一番“丁寧”で“真面目”で“有能”だ。
それでも、彼がいると空気が凍る。
言葉が止まり、行動が慎重になり、笑顔が消える。
ボクたちは、それを口に出せないまま、また歩き出した。
⸻
森の木々の影が長くなってきたころ。
後方から歩いていたリティアが、少しだけ声を潜めて言った。
「……ヨルト。あなた、最近本当に“勇者らしく”なってきたわね」
「えっ……そ、そう?」
「“空気”を読むことにかけては、最強よ」
それは皮肉混じりだったけど、どこか優しさも感じた。
彼女は、わざと軽口にしてくれたんだと思う。
⸻
その夜、焚き火を囲んだとき。
ダランが珍しく自分から話し始めた。
「アルベルトよ。お主は強い。それは、ここにいる誰もが認めている。だがな、強すぎて周りが置いて行かれてるのに気付いておるか?」
アルベルトはダランの顔を見る。
しかし、その表情は何を言われているか理解出来ていないようだった。
「ダラン。その堅物鉄仮面に何を言っても、どんな言葉を問いかけても無駄よ。だって心が凍ってるんだもの」
リティアが会話に加わると、場の空気はさらに凍りつき、張り詰めた雰囲気が広がった。
そんな空気をものともぜアルベルトが語り出す。
「リティアさん。貴方の方が凍りのようですね。場が凍りついてますよ」
リティアは顔を赤くし、今にも魔法を解き放ち襲い掛かる勢いだったがダランが冷静に静止する。
「まぁ落ち着けリティアよ。アルベルトよ。我らと手合わせをせぬか?」
ボクとルーシーは揺れる焚き火を並びながら見つめる。
ルーシーがぽつりと呟く。
「朝ごはん何かな……」
***
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