異能に目覚めた俺は、暴走して街を焼き尽くし全てを失った。そして、一人の少女との出会いの先で世界の裏側で戦い続けることを選んだ
鳥野 餅
第1話 始まりの炎 喪失と目覚め
空が、燃えていた。電柱が何本も倒れ、空気がバチバチと唸りを上げていた。まるで街全体が、一瞬にして地獄に呑まれたようだった。
「……なんで、こんなことになったんだよ」
思わず、声が漏れた。
ついさっきまで、ただの一日だったはずだ。学校に行って、家に帰って、夕飯を食べて──それだけの、何の変哲もない日常だった。
それが、どうして。どうして、こんな地獄にいるんだよ。
気づけば、誰ともはぐれて、一人で崩れた商店街の裏路地をさまよっていた。そのときだった。ふ、と。視線の先、路地の奥に、誰かが立っていた。
「……誰、だ?」
声にならない声が喉を擦った。そいつは答えなかった。静かにそこに立っていた。そして、見えた。
黒いフードを被った男がいた。何かがおかしい。明らかに人の姿をしているのに、そこから感じるものは、明らかにそれじゃない。目が合った瞬間、全身が凍りつく。
――その時だった。
ソイツのすぐそばで、何かが音を立てた。崩れた瓦礫がずれ、影の向こうに二つの人影が現れた。
「……父さん……母さん……?」
血に濡れ、服が破れていても、見間違えるはずがなかった。あれは、俺の両親だった。
「っ……! 来ちゃだめ! 逃げなさい!」
その声に、思わず身体が硬直する。次の瞬間、ソイツが、あの化け物が、二人に近づいていった。
「……やめろ」
言葉が漏れたのは、自分でも驚くくらい本能的だった。けれど、そいつは振り向きもせず、ただ静かに手をかざした。
その瞬間――地面が、凍った。
「……っ!?」
氷の結晶が一気に膨張し、両親の身体を包み込む。次の瞬間、砕けた。
二人同時に、まるでガラスのように。音もなく、氷と化した身体が粉々に砕け、地面に崩れ落ちた。
「あ……あ……っ……?」
理解が追いつかない。目の前の現実を拒絶するように、脳が白くなっていく。けれど胸の奥で、何かがぶちりと千切れる音だけは――はっきり聞こえた。
焼けるような熱が、喉の奥から噴き出してくる。怒りでも、悲しみでもない。もっと深く、もっと原始的な、破壊の衝動だった。
視界が染まり、耳鳴りが世界を満たしていく。
「う、ああああああああああああああああッッ!!」
咆哮と同時に、手のひらから炎が噴き上がった。真紅の炎が、空を裂く。熱い。皮膚が焼けている。けれど、不思議と痛みはない。
ただ――この憎悪だけが、すべてを焼き尽くそうとしていた。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
炎は蛇のようにうねり、瓦礫を裂いて飛ぶ。街の一角を呑み込み、燃やす。ただひとつ、目の前のソイツだけを狙って。
だが──
「遅いよ」
その声は、すでに背後から聞こえていた。
「──が……っ!」
腹に鈍い衝撃。次の瞬間、俺の身体は壁に叩きつけられていた。地面に崩れ落ちた俺の目の前に、ソイツが歩み寄る。
「力の出し方も、方向も、めちゃくちゃだ。これじゃ素材にもならない。……まあ、発現直後じゃ当然か」
低く、どこか冷めた声音。けれど、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「でも……悪くない。こんな純粋な怒りで力を引き出せるやつ、久しぶりに見たよ」
視線が、どこか遠くに逸れる。
「ま、今は見逃してあげるよ。すぐ面倒な奴が来るし、壊しすぎてもつまらないしね」
風が吹いた。気づけば、その姿はもうどこにもなかった。
「……っ、くそ……が……」
震える手で地面を掴もうとしたが、力が入らない。視界が滲む。両親の顔が、焼きついたまま消えない。あんなに叫んだのに、何も届かなかった。
怒り。
恐怖。
悲しみ。
絶望。
焼け焦げた感情の残滓が、再び熱を生んでいく。意識が、ゆっくりと沈んでいく。でも、炎だけは――まだ、消えなかった。
もう自分の意思では止められない。炎は街を呑み、夜空を赤く染めていく。
そしてその中心で、俺の意識は――炎に呑まれていった。
◇ ◇ ◇
次に意識を取り戻した時、俺は瓦礫の山の上に倒れていた。
「……何が……起き──っ!?」
立ち上がろうとした瞬間、記憶が脳を貫いた。ばらばらになった映像が、頭の中に突き刺さる。
──両親を殺された。
──助けられなかった。
──俺が、焼いた。俺の中から溢れた炎が……すべてを。
焼けるような痛みが、一気に駆け上がった。記憶が戻るたびに、喉の奥が焼け、胃がひっくり返る。息が、うまくできない。
気づけば、呼吸の仕方すら分からなくなっていた。ゆっくりと顔を上げた俺は、ようやく現実を見た。
「……うそ……だろ……」
そこに広がっていたのは、俺が知っていた街じゃなかった。
建物の壁だったものが崩れ、昨日まで俺が歩いていた道が、まるごと焼け跡と化していた。
「……夢……なん、だ……よな?」
呟いた声が、誰にも届かず空に溶けていく。
視界の端に、何かが転がっていた。……人だった。炭のように黒くなり、もう誰だかも判別できないその姿に、思わず目を逸らす。
頭の中に、再びに記憶の断片が流れる。
家が崩れ、人が叫び、逃げ惑う光景が映る。その中心に、俺がいた。両手を広げ、周囲を焼き払う炎を纏いながら、何かに叫んでいた。そして――紅い炎が、全てを焼いたんだ。
「っ、くそ……っ……!」
頭を抱え、地面を殴った。あれは夢なんかじゃない。記憶ははっきりしていた。あのとき、俺の中から溢れ出た炎が、街を焼いた。
「俺が……全部、やったんだ……!」
叫びが、空っぽな空に吸い込まれていく。そのときだった。
「……やっと、見つけた」
柔らかい声が、頭上から降ってきた。
その声に、顔を上げる。俺の視界に映ったのは、銀色の髪に蒼みがかった瞳を持った、制服姿の――少女だった
「……あんた、は?」
「私は、
一瞬、思考が止まった。
「なんで、俺を……探しに?」
彼女はすこしだけ視線を伏せて答えた。
「君が、異能っていう力に目覚めたから」
「……異能?」
聞き慣れない単語に、思わず問い返す。何かの冗談かとも思ったが、彼女の表情は真剣そのものだった。
「うん。簡単に言えば、人間が本来持っていないはずの力のこと」
空木は言いながら、瓦礫の上に腰を下ろして、淡々と続けた。
「20年前に異能が発見されてから目覚める理由は研究され続けてるけど、その理由はまだ詳しく分かってないんだ。けど、一番多いのは感情の爆発。特に怒りとか恐怖が引き金になることが多いかな」
その言葉に、胸が締めつけられる。
……ああ。思い出してしまった。俺が、目の前で──
「……両親を、殺された」
気づけば口にしていた。震えた声が、瓦礫の隙間に吸い込まれていく。
「それが、君の引き金だったんだね」
彼女の声は変わらない。揺るがない、でも強くない。ただ静かに、真実を置くように。
「感情で異能に目覚めた時。大半の人は感情に呑まれて暴走する」
「…… 俺も、そうだったってことか」
彼女はただ、静かに頷いた。
「うん。君みたいに……呑まれて、何かを壊してしまう人もいる。でも、それが終わりじゃない」
「……終わりじゃ、ない?」
聞き返すと、柊は焼け跡の向こうを見た。
「“
「……そんな組織が……」
「うん。その中には、君と同じように罪を抱えて、でも逃げなかった人たちもいる。壊したものを見つめ直して、それでも前に進もうとしてる人たちが」
彼女は、俺の目をまっすぐに見据えて言った。
「もし、君にもその気持ちがあるなら、一緒に来てほしい」
罪を償う──その響きは、重く、苦しく、でも……どこか救いのようにも感じた。
「……俺に、そんな資格があるのか……?」
思わず、問い返してしまった。そして答えは直ぐに返ってくた。
「資格なんて、誰にも決められない。決めるのは、君自身だよ」
その言葉が、胸に残ったまま沈んでいく。しばらく、何も言えなかった。立ち尽くす俺を、彼女はただ、静かに待っていた。
気づけば、口が勝手に動いていた。
「……俺がこのまま生きてたら、また誰か燃やしてしまうかもしれない」
自分の手を見つめる。それは、人を焼いた手だ。罪を、刻んだ手だ。
「でも……もし少しでも、まだ俺にできることがあるなら」
言いながら、胸の奥に浮かんでいたのは、あのとき目の前に現れた“アイツ”だった。あんなやつに、二度と何も奪わせたくない。誰かの大切を踏みにじらせたくない。
「──今度は、守るために力を使いたい。それが、罪を償うことになるのかは分からないけど」
その言葉に、彼女は微笑んだ。わずかに目元を緩めるだけの、小さな笑みだった。
「なら、きっと償えるよ」
「……本当に、そう思うか?」
その声に、余計なものはなかった。ただまっすぐに、そう言ってくれた。
「うん。少なくとも私は、そう思う」
「……分かった。行くよ、
目の前の少女が笑った。微かに、けれど心の底からの、安心したような笑みだった。
「……なら、今日からよろしく」
そう言って、彼女は少しだけ姿勢を緩める。
「──そういえば、名前、まだ聞いてなかったね」
「え?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
「いや……その……最初に言おうと思ったんだけど、見つけてから色々あってタイミングを完全に逃しちゃった」
「はは、なんだそれ」
空気が、ほんの少しだけほどける。焼けた空気の中に、微かな風が通ったような気がした。
「改めて、ちゃんと名乗るね」
彼女は立ち上がり、小さく手を差し出してきた。
「私は、零環機構の
その問いかけに、俺も静かに応じる。
「俺は……
──そして俺はその手を、しっかりと握り返した。
その瞬間だった。
世界が、音もなく切り替わる。焼け焦げた空気は消え、瓦礫の感触も遠のき、白い光がすべてを包み込んだ。
「なっ……!?」
──次に立っていたのは、見知らぬ場所だった。巨大な構造物が空を裂くようにそびえ立ち、重厚な扉が目の前に構えている。
「……ここ、は?」
「ここが、“
静かに差し出されたその言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
まだ、罪は消えていない。それでも、ここでなら何かが変えられる気がした。
焼け跡の街で、すべてを失ったその日。灰のなかから立ち上がり、ひとりの少女に出会った。その手を握った瞬間、俺の世界は変わった。
壊れた日々の果てで──俺の物語が、静かに動き始めた。
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