第3章:土と太陽と、心からの笑顔

 私の毎日は、日の出と共に始まり、日没と共に終わるようになった。エドワードの指導の下、私は農作業の虜になっていった。


 最初は鍬を持つだけで腕が震え、腰は悲鳴を上げた。けれど、来る日も来る日も土に触れているうちに、体は少しずつ慣れていった。硬かった土が徐々に柔らかくなっていく感触、種が芽吹き、葉を広げ、ぐんぐん育っていく姿。そのすべてが新鮮で、感動的だった。


 もちろん、失敗も数えきれないほどあった。水のやりすぎで根を腐らせてしまったり、害虫に葉を食べられてしまったり。そのたびに落ち込む私に、エドワードは呆れた顔をしながらも、いつも的確なアドバイスをくれた。


「失敗しない人間なんていない。大事なのは、そこから何を学ぶかだ」


 彼はそう言って、害虫除けになるハーブの育て方や、作物の状態を見極める方法を教えてくれるのだった。彼の知識は、まるで尽きることがない泉のようだった。驚いたことに、彼はこの辺境の土地の気候や土壌に合わせて、独自に品種改良まで行っているという。王都の最先端の農法にも詳しく、私は彼の話を聞くたびに、その才能に舌を巻いた。


 私の変化は、村人たちとの関係にも影響を与え始めた。最初は「王都から来た元お姫様」と遠巻きにされ、警戒されていた。けれど、毎日泥だらけになって畑仕事に打ち込む私の姿を見て、少しずつ彼らの態度が軟化していくのが分かった。


「おや、セリーナ様。精が出ますな」

「セリーナ様、うちで採れた卵だが、よかったら」


 そんなふうに声をかけてくれる人が増えてきた。私はそのたびに嬉しくなって、笑顔でお礼を言った。いつしか村の女性たちは、私のことを「セリーナ様」ではなく、「セリー」と愛称で呼ぶようになっていた。


「セリー、今度ジャムの作り方を教えてあげるわ」

「セリーが作った野菜なら、美味しいピクルスができそうね」


 彼女たちは私に、畑で採れた野菜を美味しく食べるための知恵を授けてくれた。保存食の作り方、ハーブを使った料理のレシピ、季節の手仕事。それは、私が王宮では決して学ぶことのできなかった、生活に根差した温かい知識だった。私は、自分がこの「グリーンヴァレー」というコミュニティの一員として、確かに受け入れられていることを実感した。


 そんなある日、王都から父、ヴァルドリア公爵の使者が村を訪れた。立派な身なりの使者は、私の土に汚れた作業着姿を見て絶句していた。


「セリーナお嬢様、公爵様が大変ご心配なされております。どうか、このような場所はお引き払いになり、お屋敷へお戻りください」


 父からの手紙には、私の行く末を案じ、良さそうな縁談先を見繕ったと書かれていた。だが、私の心は少しも揺らがなかった。


「お父様には、心配はご無用だとお伝えください。私はここで、自分の足で生きていきます」


 きっぱりと帰還を拒否する私に、使者は困惑していた。私は彼に、自分で育てた瑞々しいラディッシュを袋いっぱいに詰めて持たせた。「これを公爵様に」と言って。


 使者が帰った後、私は自分の畑を見渡した。あの小さな家庭菜園は、今では驚くほど広がり、様々な種類の野菜が青々と育っている。キャベツ、レタス、ニンジン、トマト。太陽の光を浴びて輝くそれらは、私の努力の結晶であり、誇りだった。


 秋になり、村では収穫を祝うお祭りが開かれた。村人たちが持ち寄った食べ物が広場に並び、陽気な音楽が流れる。私も、自分の畑で採れた野菜をふんだんに使ったスープを大鍋で作り、振る舞った。


「セリーのスープ、最高に美味いぞ!」

「本当に、こんなに甘いカボチャは初めて食べたわ」


 村人たちが口々に褒めてくれる。子どもたちが私の周りに集まってきて、「おかわり!」と空の器を差し出す。その光景を見ていると、自然と顔がほころんだ。


 広場の隅で、エドワードが穏やかな表情でこちらを見ているのに気づく。私は彼に駆け寄り、カップに注いだスープを差し出した。


「エドワードも、どうぞ。あなたがいてくれたおかげだわ」

「……俺は何もしていない。あんたが頑張っただけだ」


 ぶっきらぼうに言いながらも、彼はスープを受け取り、一口飲んで「……美味い」と短く呟いた。その言葉が、どんな賛辞よりも嬉しかった。


 祭りのクライマックス、村人たちが輪になって踊り始めた。誰かが私の手を引き、輪の中へと誘う。最初は戸惑ったけれど、見よう見まねでステップを踏むうちに、楽しくなってきて、いつの間にか心の底から笑っていた。きらびやかな王宮の舞踏会で、作り笑いを浮かべて踊っていた時とは大違いだ。


 汗をかき、息を切らし、隣の人と笑い合う。これが、生きているということなのだ。私はこの日、生まれて初めて、何の偽りもない、本当の笑顔を知った。

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