残された一枚
「わりぃ……」
振り絞って出せた言葉と共にシェダは倒れ伏し、少し焦げた彼に駆け寄るのは耐え切れなくなったノヴァであった。
「シェダさん! シェダさん!!」
「ノヴァ、シェダをお願い。リオさん、行きますよ!」
今にも泣きそうなノヴァにシェダを任せ、エルクリッドはリオに声をかけ戦闘を続行する。
応えるようにスパーダ、リンドウが駆け出すと
「スペル発動アストラルフォーム!」
リオのスペルと共にふっとリンドウの身体が一瞬消え、ムーンの拘束を逃れると懐へ潜り込み剣を一閃。
細長い剣から確かな手応えを感じるリンドウではあるが、体格の差故か致命傷に届いてないとも一瞬で理解し咄嗟にスパーダを掴む腕へ一太刀浴びせる。
一瞬の苦痛で手の力が緩んだ隙に砕けた鎧から顔を覗かせるスパーダが脱出しムーンへ反撃の一撃、と動く前にカトブレパス・マーキュリーの視線を察知しその場から離れた。
直後にいた場所が陥没し毒々しい水溜りが形成され、ことごとくムーンの隙をマーキュリーが潰してくるのがわかる。
(同時に討つしかないが……)
ピシッと嫌な音が聴こえたのをスパーダは察しつつ剣を構え直す。鎧を全て失えば実体の維持ができなくなり、自分は倒されてしまう。
ここで自分が倒れればエルクリッドは魔力を消耗し戦闘不能になる。消える前に、戦果を出しておかねばと思考が進む。
そんなスパーダの隣にすたっと着地しながら帽子の位置を直すリンドウが降り立ち、へっと不敵に笑いながら声をかけた。
「幽霊の姉ちゃんよ、まだ剣は振れるな」
「……隙さえあれば切り伏せる。簡単ではないが、な」
そうかい、とリンドウは答え何かを思い、それがリオへと伝わり彼女の目を少し大きくさせる。
だがすぐにわかったと小さく呟き、小さく深呼吸。カードを引き抜き魔力を指先へ。
「スペル発動フレアフォース。エルクリッド、あなたはカードを使うな」
「リオさん? でも……」
「ここは私達が活路を開く」
きょとんとしたエルクリッドはリオの真意は見えずとも、静かなる覚悟が感じられ断る理由もなかった。
とはいえ、魔力はそう多く残ってはいない。慎重に、そして大胆な方法を取るしかない。
リオのカードより赤き光がリンドウに向かっていき、その力を得たリンドウが素早く剣を振ると細長い刃が赤熱化し煌々と輝き出す。
(さぁて、アストラルフォームはもう切れてるし、リオちゃんも幽霊の姉ちゃんも長くは戦えねぇ……一発で終わらせる)
赤き帽子の鍔の下で目つき鋭くしたリンドウが足音を立てずに姿を一瞬で消し、刹那にムーンの懐へ姿を見せ赤熱の刃を一閃。
灼熱の軌跡を描く剣を紙一重でムーンは後ろへ跳んで避けるが、着地と同時に前へと踏み出し反撃へ。
荒々しい雄叫びと共に
「スペル発動ソウルバック! さらに、ホーリーバインド!」
力強く叫ぶリオがスペルを二枚使用する。直後にリンドウと同じ切り傷が身体に現れ血が飛ぶが、ぐっと歯を食いしばりカードへ注ぐ魔力を止めずにその力を解放する。
ムーンの周囲に六本の光の剣が現れたかと思うとそれが素早く飛んでムーンを刺し貫き、だが貫かれた場所からは血は流れず灰色の煙が上がるのみ。
仰向けに倒れるリンドウとすれ違ったスパーダは剣を両手で持って攻撃態勢へ、ここでバエルは何かに気づいて舌打ちし咄嗟にカードを引き抜いた。
「スペル発動バーサーク!」
スペルによりその目を真紅に染めたムーンが張り裂けるような雄叫びと共に突き刺さる光の剣など構わず動き、振り抜かれるスパーダの剣に対し爪を振り抜く。
一瞬響く金属音、スパーダとムーンの間に舞い散るは砕け散った大剣の刃、だがスパーダはその切っ先を掴み持つとそのままムーンの脳天へ刃を深く突き立て、直後に鎧のヒビが全身に走り砕け散った。
相討ち、だがエルクリッドは自分への衝撃がないどころか、仄かに柔らかな紫の光が身体を包み込んでる事に気がつき、それがぺたんと座り込んで傷を抑えるリオのカードによるものと気付き目を向けた。
「リオさん! ソウルバックをあたしに……」
「私のもう一人のアセスはまだ戦えない程に深手を負っています……それよりはあなたの方が戦える、それ、だけです」
美しい髪に隠れた素顔から笑みだけが見え、直後に力なくリオは倒れ意識を失った。リンドウもまたカードへ姿を戻しリオの傍らに白黒の絵柄で静かに落ち、だが、彼女達が残したものの大きさを噛み締めエルクリッドは前を見つめ続けた。
(使った後に倒されたアセスの分だけ魔力回復できるソウルバック……最初からあたしを回復させる為に、あいつのアセス二体を……スパーダさんも、ありがと)
カードへ戻ったスパーダをカード入れへ戻しながら、エルクリッドはリオとリンドウの働きの大きさを実感する。
それはリンドウがムーンに引き裂かれる直前、対角線上にマーキュリーがいる位置をとっていたということ。鋭い爪を受ける間際、リンドウは剣を投げてマーキュリーの頭部を貫き倒していた。
倒れた二体のアセスがカードへと戻るのをバエルは何も言わず見届け、僅かに口から血を流すがすぐに手で拭いカードをカード入れへ戻す。
(マーキュリーが狙いを定める瞬間は動けないのを見抜いたか……俺も少し遊びすぎたらしい)
油断、というほどのものではない。自分の絶対的優位性は変わらないし、このまま長期戦にもつれ込めば確実に勝てる。
だが、バエルの中にそのような考えはなかった。久しくなかったものが心に感じられている、だからこそ無意識に自分に挑む者達に対し何をしてくるのかと期待し、一手一手が遅れたと。
残るリスナーはあと一人。かつて見逃したリスナー、あの時と同じようにその眼に宿る思いの強さは変わらない。
「スペル発動ブレイクトレード……他のアセス二体をブレイク状態としガーゴイルを復活させる」
おもむろにバエルが使うスペルは極めて珍しいアセスを復活させるカード。直後に使用回数が切れてカードはバエルの手の中で煙のように消滅する。
ここでエルクリッドはバエルがあえてガーゴイルを再び戦える状態にしたのを、二年前に近い状況を作ったのだと気づき、こみ上げてきたものを抑えながらも鋭くバエルを睨み怒気を強めた。
「なんのつもりよ。そんな……」
「自惚れるな。大した理由などない、貴様が思うようなものなどな」
言葉が何処まで本当かはわからないが、言い返す事ができない程の威圧感だけは確かにあった。
どの道、自分に残されたアセスは一体のみ。静かにカード入れより引き抜くは、烈火纏いし火竜のカード。
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