星の瞬きーBarnー

凛とし立ち向かう

 折れぬ心、満身創痍、それでも遠く果てなく、だが戦い続ける者達。


 最強のリスナーたるバエルのアセスをようやく一体撃破したものの、その衝撃がバエルを襲う様子は全くなかった。

 名前を呼ばずに召喚していた事で魔力の供給量が少なかった故なのはエルクリッド達も理解していたが、それ以上に全く微動だにしないバエルの佇む様子が警戒をより強くさせる。


(あれだけ強いアセスを倒されてもまだ余裕なの……?)


 アセスの実力はリスナーの力。バエルのガーゴイルは腕力、速さ、思考、魔法、体術と全てが揃っていた。

 たとえ供給量が減っていたとしても、相応の魔力を消費したのは間違いないはず。そう考えるエルクリッド達に、バエルは恐るべき言葉を口にする。


「……我がアセスの一体を倒すか、だがまだ俺には九体のアセスが残っているぞ」


「き、九体……!?」


 それは常識を超えた数である。魔力の供給などから多くても五体が契約の上限とされるアセスの数を、バエルは遥かに超えていた。

 同時にそれは恐るべき事実を示し、リスナー達を戦慄させるには十分すぎる事実である。


(あんなのが九体も……!? マジかよ……クソッ)


(これでは我々は……)


 三人の残りのアセスの数を合わせて一体ずつ相討ちとなったとしても、バエルは戦力を残す事となり勝敗は決まってしまう。

 数の差を覆そうにもそれは奇跡でもなければ不可能なのはシェダも、リオも、そしてエルクリッドもわかってしまう。


 最強の存在。常識など超越した強さの結晶、そこに至るまでどれだけ研鑽し戦えばいいのかなど想像できない境地に立つ者。

 そこに辿り着いた存在バエルは腰の左右一つずつ備えるカード入れに手をかけつつ、エルクリッド達に向けて言葉を連ねていく。


「青ざめるな、闘志を研ぎ澄ましカードに手をかけろ。この俺に挑むとはどういう事かわかっていたはずだ……怒り、憎しみ、仲間と手を合わせようが届かぬものは届かない……だがそれでも、最後まで折れずに戦い抜いてみせろ……!」


 静かな威圧感の中に轟々と燃えるは闘志か。かつて似た言葉を向けられたエルクリッドはそれを感じる事ができた。


 遠く、高く、その頂に並び立つ事はおろか手が届く事は今の自分達では難しい。それはそこに立つバエル自身もわかっていて、だからこその言葉なのだろう。


 故に、わからなくなる。


(こんなにも……真正面から向かわれたら訳わかんないよ……)


 恨むべき相手なのに恨めなくなりそうになる。それ程にバエルというリスナーが真摯に戦いに身を置いてるのがわかるから。

 もし、彼が正々堂々と戦った結果としてメティオ機関がなくなったとしたら、勝負の世界における厳しさとも思えてしまう。そしてその結果怨まれる事も彼は覚悟できていると。


(エルク、迷うな)


(ヒレイ……)


(今は戦い抜く事を考えろ。最後まで、な)


 そっと背中を押すように、ヒレイの声が心に響く。自分と異なる性格なのもあり別の見方をしてくれる、止まりそうな時に背中を押し共に進んでくれる。


 深呼吸をして目を閉じ、ぱんっと両手で頬を叩いたエルクリッドが前を見据えカードを引き抜く。ヒレイの言葉は師の言葉でもある、迷えば手が止まり思考が止まる、その間にも時は進み流れてしまうのだから。


「お願いします、スパーダさん!」


 明朗快活さが宿る言葉がカードへ伝わり、黄金の風が逆巻きそれを切り裂き中から姿を見せるは幽霊騎士スペクターナイトスパーダ。

 身の丈程の大剣を軽々と片手で持ち上げまっすぐ前へ突き出し、挑発するように切っ先をバエルへと向ける。


 凛と佇みカードを手に、まっすぐ前を向くエルクリッドに迷いはない。今やれる事は戦い抜く事、リスナーとして戦う事だ。

 そんな彼女の姿に促されるようにリオも静かに立ち上がってカードを手にし、隣に立って自身のアセスを呼び出す。


「勝利目指し剣を抜け、リンドウ!」


 リオのカードよりしゅっと影を残し、すたっと身軽に着地しくるくると指で帽子を回しさっと被るはケット・シーのリンドウ。

 周囲の張り詰めた雰囲気を察して目を細め、ヒゲを触りながら剣を抜く。


「流石にこいつぁ笑えねぇな。姐さんの傷が癒えてたらまだ何とかなったろうが……」


「無い物ねだりをするなリンドウ。ランの分も働いてもらうぞ」


「りょーかい、やる以上は働くさ」


 飄々としつつもリンドウは状況の深刻さを冷静に感じ取り、リオもそれはわかりきっている。この戦いに勝利はないのも、だが、退くことも諦める事もできないとも。


(……らしくはない、でも、悪い気はしない、な)


 フッと小さく口元に笑みを浮かべながらちらりとリオが見る先にはエルクリッドの横顔がある。前だけを見ている凛々しい顔つきは、自然と心を前へと導くよう。


 シェダもまた、自身のアセスたるディオンを一度後退させてスパーダらと並び立たせながら気を引き締める。

 バエルの雰囲気が先程と少し変わっている。アセスを倒された事で認識を改めた、といった具合だ。


「エルクリッド、お前はまだアセスが残ってるな」


「一応ね。でも魔力を出し惜しみしてられないよ」


 まだ見た事はないが、エルクリッドはアセスを四体契約しているのはシェダも知っている。自分やリオとの戦いでは見せなかった存在、何となく出し惜しむ理由はわかったが今は考える時ではないと切り替える。


 相対する三人のリスナーの気迫はオーラのように感じられた。バエルにとってそれは塵芥同然のものだが、彼女らの目の光が強く輝いているのだけは本物と認めるに至るもの。


「久しく猛る眼差しを持つ者とは相対する事はなかったな、いいだろう。貴様ら全員の全力を真正面から叩き潰してやる……!」


 滾る魔力が熱風を呼び、それが言葉と共鳴し地を鳴動させるような錯覚をもたらす。左右の腰に備わるカード入れに両手をそれぞれ触れて一枚ずつ交差するように引き抜き、魔力を込め最強のリスナーはその力の片鱗を解き放つ。


「デュオサモン! ムーン、マーキュリー!」


バエルの前に漆黒の竜巻が現れ、中で何かが光ったかと思った刹那に竜巻が引き裂かれ姿を現すのは筋骨隆々の体を持つ人狼ワーウルフ

 天に向かって人狼ワーウルフが遠吠えをするその隣にドスンと重々しい音と共にびちゃびちゃと紫の雫を滴らせ、ゆらりと長い首を下ろし毛むくじゃらの頭を下げるのは牛のような不気味な魔物だ。


 ムーンとマーキュリーと呼ばれた二体のアセスを同時召喚。いかなる能力を持つかはわからないが、エルクリッド達は退くことなく戦いに臨む。

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