頂点に立つ者

 少しずつ青空を雲が覆い始め光を遮り風が強まりつつも、雨の気配はない。

 賢者リムゾンの神殿より北に少し行った場所に平坦な地形があった。丘陵地帯の中にある似た地形の中でも特に広く、戦いの場として最適と言える。


 火竜の星を背負うバエルは一人佇み、やがて気配を感じて振り返りエルクリッド達の姿を捉え相対する。

 直後にエルクリッドが投げたカードを難なく指で挟み止めて素早くカード入れに収納し、その口を開いた


「逃げずにやって来たのは褒めてやろう」


「そんなのいらない」


 堂々たるバエルを突き放すようにエルクリッドは一歩前へ出ながら強く言い放ち、凛としながら吹き抜ける風の中で宿敵を捉え続けた。


 倒さねばならない相手、越えるべき相手。緊張感の中で落ち着きつつも言葉はなく、ただ沈黙が続く中で先に動いたのはバエルだ。

 静かに踵を返しエルクリッドから離れ、ある程度距離を取ると向き直り鋭く言い放つ。


「戦うまでもなく、貴様と俺とでは力の差があるのはわかっているだろう。そこまで愚かではあるまい」


 否定はできない。だがエルクリッドはカード入れの留め具を外し、それに合わせシェダ、リオも並び戦う意志を示す。


「確かにあんたには届かない、でも、あたしは一人じゃない。一人で届かなくても皆となら……!」


 カード入れからカード引き抜き指に挟み裏側をバエルへ見せながらエルクリッドは言い切り、その思いの強さが瞳を輝かせていく。


 フッとバエルは口元に笑みを見せたかと思うと、彼の背後から熱を帯びた風が吹き荒れ始めた。滾る魔力が影響を及ぼす事によるもの、それはバエルというリスナーの強さの一端を示す証。


「リスナーならばカードで語れ、この俺を倒すつもりならば思いの強さを示してみろ!」


「そのつもり! あの時とは、違うんだから!」


 強まる闘志が瞳に宿り、エルクリッドは迷いを断つように腕を振り抜く。

 冷静さがないわけではない、改めて相対し圧倒的な力の差は感じ取れるしこうして立っていられるのが不思議な程にバエルは大きく、遠く、彼が頂点に立つ存在というのを思い知らされる。


 それはシェダもリオも感じ入る事、無謀とわかっていて協力を申し出たことを後悔したくもなるが、前言撤回する気にもならないのも確かだ。


「頼むぜメリオダス!」


「優雅なる剣技閃かせ敵を討て、ラン!」


 シェダは青い羽根を持つ大型のフクロウの魔物ビショップオウルのメリオダスを、リオは青のマントを羽織る犬の剣士クー・シーのランをそれぞれ召喚する。

 それを見てからエルクリッドも召喚すべきアセスを導き出し、カードを引き抜き魔力を込めた。


「暴れておいでダイン!」


 白い毛並み聖なる円環を纏うチャーチグリムのダインが姿を現し着地。一瞬エルクリッドの方にしっぽを振って寄ろうとするも、バエルの存在感を察知してかそちらに振り返り耳としっぽを垂らし後退りしてしまう。


「くぅ……」


「大丈夫だよダイン。あたしがついてるからね……力、貸してくれる?」


 片膝をついて竦むダインをわしゃわしゃと撫で、顔を合わせながらエルクリッドは優しく声をかけ闘志を促す。

 声に応えるべくダインも耳としっぽを立てるとエルクリッドと共に前へ一歩進み、牙を剥きだして低く唸り威嚇し始める。


 三人のリスナーのアセスが勢揃いする様は見守るノヴァに安心感を与え、だが同時に、バエルは微動だにせずにいた。

 それだけ余裕があるというのはノヴァにもわかる、タラゼドが隣にいてエルクリッド達が前に出ていることで軽減されてるものの、やはり、怖い。


「エルクさん達、大丈夫……ですよね」


 訊ねられたタラゼドはすぐには答えず、そこからノヴァも彼が安易な事を言えないのだと悟る。

 此度の戦いは円陣サークルを使わない戦い、それはリスナーにとって命がけのものとなる戦いだ。


(僕に耐えられるだろうか……エルクさん達が……)


 守られる立場である事、何もできない事が心苦しい。だがそれでも見届けねばならないと手を強く握り締めてエルクリッド達の背中を捉え、ノヴァのそんな姿勢を見届けてからタラゼドも前へ目を向ける。


(バエルは手加減などしない。したところで次元が違うリスナー……エルクリッドさん達が何処まで肉薄できるのか……)


 かつての旅でその強さは何度も目の当たりにしてきた。頂点に立つ者という一つの通り名も伊達ではない。

 タラゼドも固唾を飲む中でバエルがようやく動き、エルクリッド達の警戒も強まる。


「……召喚」


 丈の長い外套を開き覗かせた右腰のカード入れよりカードを引き抜き、静かに召喚されるは片膝をつく重厚な鎧纏う悪魔を象る石像が一つ。

 ぼうっと闇に光が灯るように石像の単眼が赤く輝くと、やがて動き出し太い両腕を地につけながら短い翼を広げ臨戦態勢へ。


 それがガーゴイルと呼ばれる石像に生命宿りし魔物なのはすぐにわかった、が、ある点に気がついたシェダが舌打ちしリオも目を細めた。


「名前無しで召喚かよ……舐めてやがる」


「あるいは魔力の温存か。いずれにせよ、警戒はすべきです」


 リスナーの召喚はアセスの名前を呼ぶのが基本。だがあえて呼ばない事で魔力の供給を抑え本来の力を半減以下にする事ができる。

 魔力の少ない時等でそうすることはあるが、戦いの場でするのは計画性があるということ。そして、かつて相対したエルクリッドはそっとカード入れに手をかけ、指先に魔力を注ぐ。


 

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