火竜顕現

 リンレイの森より飛び出す荒熊タイタンベアが木をなぎ倒しながらその巨躯を立ち上がらせ、小山と見間違う程の存在感と共に威嚇の叫びを轟かせる。


 だが、エルクリッドは凛としカード入れより一枚のカードを引き抜く。物怖じする事なく、胸の高鳴りもなく、心静かにタイタンベアを捉えカードを挟む指先に魔力を込めた。


「赤き一条の光、灯火となりて明日を照らせ!」


 言霊が逆巻く風を呼ぶ。エルクリッドに呼応するかのように風は熱を帯び、確かな存在感がゆっくり掲げられるカードより赤き光となって四方八方へと伝播する。

 相対する魔物へは威圧として、守られる者には盾として、その光の中で何かが動き出す。


「あたしと共に戦って、ヒレイ!」


 示されたその名と共に赤き光が天へと昇りながら翼を生やし、やがて光は炎となりながら風を焼き払い地上へ向かう。

 剥がれるように炎が消え、現れる赤き鱗持つその巨体は万物を睥睨するに相応しき風格、強靭なる体躯と四肢、翼を持つその者は地上へ降り立ち天へ叫び雲を穿つ。


「火竜……ファイアードレイク……!?」


 吹き抜ける熱風に飛ばされないよう身を屈めるノヴァが捉えるは火竜の姿。偉大なるドラゴンの一角を成すファイアードレイクの姿だった。

 エタリラの生態系において上位に君臨せしドラゴンの一族をアセスとするリスナーは多くはない、それはリスナーの資質と誇り高さを表す。


 エルクリッドが確かなリスナーなのはわかっていたが、改めて思い知らされた事には衝撃が大きい。そして彼女が守ってくれる事に、心から安心できた。


 そのエルクリッドはと言うとノヴァには見せない顔に汗を流し、軽く払う様子をヒレイが低く唸りながら目を向ける。


(セレッタにダインを召喚して俺を出す余裕はないだろう)


(こうして心に語りかけてくれてる時点で、あたしの事情もわかってるでしょ?)


 ピッとカード入れから引き抜いたカードを構えながらエルクリッドはヒレイと対話し、その心意気にヒレイは小さく舌打ちし相対するタイタンベアの姿を捉え直す。


 体躯の差はほぼ互角。だがタイタンベアとファイアードレイク、その間には天地ほどの格の差があり、燃え広がる炎の如き紋様持つ翼を広げればタイタンベアも勢いを失い数歩退く。


 だが睨み合いが続いてもタイタンベアが踵を返すまでには至らない。エルクリッドの余力を考えたヒレイは口元に炎を燻ぶらせながら前方へ咆哮、それに竦みながらもタイタンベアも両腕を上げて威嚇した瞬間にヒレイは地面を蹴って突進。強烈な頭突きでタイタンベアを大きく吹き飛ばしまずは先制攻撃を決める。


 しかしタイタンベアは腹側も甲殻を持つのが特徴。頭突きを耐えて四肢を使い走り出すとすぐに距離を詰めて引っ掻いてくるが、これを飛んでヒレイは避けて足を使い上から押さえつけにかかる。

 が、力づくで抗うタイタンベアが全身を使って振り払いすぐさま体当たりをかけ、そのままのしかかろうとするのをヒレイは良しとせずに押し返し、繰り出される腕の一撃に合わせ鋭い爪を振り抜く。


 両者の間に鮮血が飛び、吹き飛ばされたタイタンベアの太い左腕が地に落ちる。すかさずヒレイは残る右腕に噛み付いて牙を食い込ませそのまま振り回すと放り投げ、木をなぎ倒しながら転がるタイタンベアを追うように低空飛行し一気に仕掛けた。


「エルクリッド!」


「わかってるよ! スペル発動フレアフォース!」


 名を呼ばれたエルクリッドがスペルカードを使い放たれる赤い光の帯がヒレイの体を覆い、口内に炎を蓄えたヒレイが立ち上がらんとするタイタンベア目掛け一気に炎を吹き付ける。

 烈火の息吹とも言うべきヒレイの吐く炎はタイタンベアの身体を焼き払い、しかしその中でもまだ巨体は沈黙せず怒りとも苦痛とも取れる叫びを上げ続けていた。


 やがて叫びは聞こえなくなり炎の中で黒く染まった巨体が沈み、ヒレイが口を閉じた時にはタイタンベアだったものは赤く染まる大地と共に未だ焼け続ける姿へ。

 これで倒した、と思いきやカッとタイタンベアの目が光ってエルクリッドの方へ走り出す。


 強い生命力にはエルクリッドも目を見開きすぐにカードを引き抜くが、ぐらりと目の前が歪んでカードを落としながら片膝をついてしまう。


(こんな時に魔力切れ……!?)


 死に際の魔物の最後の足掻きが迫り、エルクリッドはカードを拾うよりもノヴァの方へ意識を向け、残る力を振り絞ってノヴァを抱きかかえながら地面を蹴る。

 刹那、魔物の凶爪が迫る寸前にしなやかなるヒレイの尻尾がタイタンベアを弾き飛ばす。


「俺の相棒に手を出して……ただで済むと思うな!」


 仰向けに倒れるタイタンベア目掛けてヒレイが飛びかかると力強く足で踏みつけ抑え込み、爪を突き立てながら頭に噛みつくとそのまま炎を吐きつけ焼き尽くす。

 炎が広がり周囲は火炎地獄といった様相となった時、タイタンベアがいた場所には焼き付いた灰のみが残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る