星彩の召喚札師Ⅰ
くいんもわ
依頼ーFirst battleー
召喚札師エルクリッド
静かな森の中の拓けた一角、枯れた大木の根本の穴から響く不気味な唸り声。
おそるおそる木の影からそれを見る中年男性らは微かに身体を震わせ、その隣を進もうとする赤い髪の少女を呼び止める。
「ほ、ほんとにやるのか? い、いくら専門家だからって……」
「心配ご無用! それに何かしら理由があってあそこにいるんだろうから、それを調べないといけないし……ま、とにかく隠れててよ」
ひし形に三日月を甲に描く赤の手袋をぎゅっとはめ直しながら少女は快活に答え、頭につけるゴーグルの位置を整えてから前へ進み大木の方へ。
光る目がしっかりと捉えてるのを確認し、左腰につけた白い箱状のものの留め具を外してさらに前へ。
唸り声はさらに強く大きくなり、見守る者達が慄くのに対し彼女は臆することなく歩を進め、大木との距離をさらに詰めた。
刹那、穴より飛び出した唸り声の主が牙を剥く。少女は素早く左腰の箱状のものから何かを引き抜きつつ軽やかに宙返り、その身のこなしに驚きの声を受けながら着地する少女は目の前の存在をしっかりと見つめる。
(白の毛並みに聖紋を持つ円環……チャーチグリムだね。しかも立派なやつ)
姿勢を低くし黄色の眼で女性を睨み続けるは白い毛並みと、円環のように浮かぶ半透明の陣を背負う犬の魔物チャーチグリム。
身体も大きく敵意も強く、だが少女は怯むことなくニッと笑みを浮かべ引き抜いて指に挟んでいたものに、カードを掲げ光を灯す。
「今日もお願いします、スパーダさんっ!」
掲げられたカードが黄色の光を帯びたかと思うと、そこに描かれていた鎧兜で全身を固めた騎士の絵が消え、黄金の風と共に少女の傍らに顕現する。
ゆっくりと立ち上がりながらスパーダと呼ばれた騎士は身の丈ほどの剣を担ぎ上げ、少女より少し前へと進む。
「待ってスパーダさん。チャーチグリムって事はあの穴に何かあるはず、だからなるべく傷つけず足止めをお願いします」
「……承知」
屈伸運動をしググっと腕を前に伸ばす少女の赤の目に光が灯る。捉える先にあるのはチャーチグリムが潜んでいた穴、それを察したのかチャーチグリムも地を蹴り飛びかからんと迫る。
刹那に響くは金属の音色。真横に構えた剣でチャーチグリムを受け止めたスパーダに合わせて少女が走り、枯れた大木を目指す。
と、それに気づいてチャーチグリムが身を翻し少女の方へ向き、スパーダが突き出す剣が行く手を阻止するのに失敗してしまった。
「エルク!」
少女の名を呼ぶスパーダの声、隠れ見守る者達も目を塞ぎかけた瞬間、チャーチグリムの牙が迫る中で彼女は笑っていた。
「スペル発動プロテクション!」
引き抜いていたカードを指で挟んでかざし叫んだ刹那、ガンッ! と見えない何かにチャーチグリムが衝突する。
そのまま少女は走り抜け、追いかけようとするも見えない何かに阻まれるチャーチグリムは立ち止まり、どうしてだろう? といった様子で首を傾げていた。
その間に追いつくスパーダが剣を閃かせるも気づかれてしまい、巧みな足捌きで機敏にチャーチグリムは剣の突きを避け続け、これにはスパーダも感心しながら少女が辿り着いたのを捉えていた。
と、吠えかかりながらチャーチグリムが飛びかかってスパーダの左腕に噛みつき、そのまま鎧ごと噛み砕くが鎧の下からは黄色の煙が溢れるのみ。
が、本来出るものやあるべき感触がない事には噛み砕いたチャーチグリム自身理解できず再び停止し首を傾げた。その一瞬のスキにスパーダにより下から上へと剣の腹で天高く飛ばされ、じたばたと藻掻く以外の選択肢を奪われた。
やがて体勢を崩した状態でチャーチグリムは着地にも失敗し地面に激突、それでも尚立ち上がろうとするもスパーダがのしかかって抑え込み、首筋に剣を突きつけた所に声が届く。
「ありがとスパーダさん、こっちも終わったよ。あ、その子と話すから剣だけ引いてね」
大木の穴から出てきた少女がスパーダに剣だけ引かせ、唸り声をあげて警戒するチャーチグリムの前に来るとその場に座り込んで手を広げる。
「あなたはこのお守りの持ち主……あそこで亡くなった人の墓守をしてたんだよね。あなたの種族の気質はとても良い事だと思う、でもここは皆の森でもあるから優しくならないと駄目だよ」
手のひらの中の青い宝石の嵌る古びたお守りを見せながら、少女は優しく語りかける。
その眼差しもまた同じように穏やかそのもの、嘘偽りのない思いがあるのを悟ったのかチャーチグリムは身体を伏せて大人しくなり、スパーダが退くと少女が頭を撫でて微笑む。
「このお守りの持ち主はちゃんとお墓を立てて供養してもらうから、ね?」
「くぅ……」
決して魔物に恐れることなく果敢に挑みながらも冷静に状況を見て行動し、それでいて少女は魔物と心を通わせるように対話し接する。
それが少女の持つ力と元来の気質があってこそなのは、見守る人々も納得ができるもの。その力を持つ者の力と技とを認めるだけのもの。
少女が隠れている人々の方へ声をかけようとした時、コツンとチャーチグリムが鼻で背中を押してきたので振り返り、じっとこちらを見つめ尻尾を元気に振っているのに気づく。
「もしかして……あたしのアセスになりたいの?」
「バウッ!」
少し野太い元気な答えは少女を微笑ませ、と、両者の間に白く光るカードが現れそれを少女は手に取りチャーチグリムの方へと向ける。
「うん、わかった。これからよろしくね!」
「ばはぅ!」
チャーチグリムがカードに鼻先を触れるとその姿が緑の光となってカードへと吸い込まれていき、全て吸い込まれるとカードにチャーチグリムの姿が浮かび上がった。
少女は笑顔と共にそのカードを左腰の箱状のもの、カード入れへと入れると絵柄のないカードと入れ替え持つ。
「スパーダさんもありがと。ゆっくり休んでね」
同じようにスパーダの姿も黄色の光となってカードへ吸い込まれ絵柄が浮かぶが、直後に白黒の色彩となり少女も苦笑しつつカード入れへ。
少女の名はエルクリッド・アリスター。魔物や精霊と心を通わせ、カードを用いてその力を使う存在・リスナーの一人。
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