第23話 二つ目の柱

《コード・パラグラフ》が軋みを上げる。

記録と記録のあいだに走る裂け目から、無数の“声なき名”が這い出してくる。


——名を持たぬもの。

——定義されなかった物語。

——存在はあるのに、誰にも呼ばれなかった記録たち。


それは、ルークがフェリアを“真名で定義”した代償だった。


■記録崩壊進行中:23%

■空間安定化のため、“第二真名”の定義が必要です


フェリアが叫ぶ。


「ルーク! このままじゃ、パラグラフ全体が崩れる!

あなた以外に、“名を刻める人”はいないの!」


ルークは苦しげにページを見る。

浮かぶ候補は、三つ。



【第二真名 定義候補】

カナ=イルス(始まりの観測者)

 → 世界の起点を固定する。観測者としての起源が永遠の軸となる。


ルーク自身(記録者)

 → 自己の記録を定義することで、記録空間全体を“自己循環”型に再構築する。

 → ただし、他者の観測を拒む“孤立空間”に変質する可能性あり。


不特定対象(名なき者たち)

 → 世界に名を持たない者に対し、普遍的な“命名”を行う。

 → 成功すれば“無名の救済”、失敗すれば“記録の暴走”を加速させる。



ルークの思考が張り詰める。


(……カナを定義すれば、観測のはじまりが永遠になる。

でも、それは“過去を柱にする”選択だ)


(俺を定義すれば、すべてを自分で抱え込めるかもしれない。

でも、そうしたらもう、誰とも“記録を共有できなくなる”かもしれない)


(……だったら)


彼は、ページに手を重ねた。


「——俺は、“名前を持てなかったもの”を選ぶ」


その言葉に、カナが目を見開く。


「……それは、失敗すれば、“記録の崩壊”になるわ……!」


「でも、ここで目をそらしたら、俺が“記録者”になった意味がない。

カナが俺に名前をくれて、フェリアが一緒に記録を守ってくれて……

その全部を“呼ばれなかった誰か”に、今度は俺が返す番だ」


【真名定義 第二回】

対象:不特定記録群(名なき存在)

発語:ルーク・アークレイン

定義形式:共通語根命名(ラング・ノヴァ構文)


ルークは、空間の奥に手を差し伸べる。


「ここにいる“まだ名を持たない誰か”へ。

君が確かに“生きていた”ってことを、俺が証明する」


静かに、彼は名を与える。


「——君の名は、“ノア”。

名なき全ての記録者に共通する、始まりの音として」


■真名定義:ノア(Noa)

意味:存在の予感。名を与えられる直前にあったすべての記録に対応。

効果:無名存在の記録統合・個体化・独立観測許可

状態:成功


■結果:空間安定化成功。記録崩壊率:0%


暴走していた記録たちが、次々と“ひとつの形”を取って静まっていく。

無数の“ノアたち”が、空間に整列し、初めて「自分という記録」を得る。


その中心にいたのは、ひとりの少年の姿をした“最初のノア”。


彼が、ぎこちなくルークに近づく。


「……ありがとう……僕は、ここにいていいんだよね?」


ルークは力強く頷いた。


「名前があるってことは、誰かに“見られている”ってことだ。

……君はもう、世界の一部だよ」


ノーム・ゼロが叫ぶ。


「愚か者が……“無名の記録”を、定義しただと……!?

それは……“未定義の反逆者”を生み出すことに等しい!」


ルークが応じる。


「記録は選ばれた者の特権じゃない。

誰もが“名前を持っていい”。

それが、この世界を“読む”意味だ」


その瞬間、空間に新たなページが浮かび上がった。


【記録融合域:最終段階へ移行】

条件達成:真名定義 × 2/観測契約 × 3/存在記録再定義 × 1

開放:最終領域リバース・ライブラリ


ルークが振り返ると、カナが微笑む。


「いよいよ、“全ての記録の源”へ向かう時ね」


フェリアがルークの手を握る。


「今度こそ、最後の記録になるかもしれない。

でも……それが、あなたが“誰かを名付けた意味”になるんだよ」


そしてルークは歩き出す。


物語の最奥へ。


“全ての記録の始まり”と“終わり”が交差する、《リバース・ライブラリ》へと。


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