第6話 ようこそ、英雄さま──“追放者”の名は、もはや秘密ではない

「おい、聞いたか? あの“無名の英雄”、どうやら王都に来るらしいぞ」


「ほんとかよ? マジならギルドランクが一気に変動するぞ……!」


王都冒険者ギルドは朝からざわついていた。

数々の魔獣を単独で討伐し、複数の村を救い、なお実名不明——

"無名の冒険者"の名は、もはや都市伝説の域を超えて、真実味を帯びた話題になっていた。


そしてついにその日。


ルーク・アークレインは、王都に戻ってきた。



「変わってねぇな、王都……」


馬車から降りたルークは、肩に乗ったネブラと共に石畳を見下ろした。

華やかな装飾、どこか他人行儀な笑顔、権威に満ちた空気。

彼が一度、捨てた場所。


リシアが隣に立ち、淡々と告げる。


「目的地は冒険者ギルド王都本部よ。正式に、あなたを上位登録者として推薦した。

スカウトも殺到してる。王立学院、魔術研究院、軍、王族直属隊……あなたを見逃す気はないらしいわ」


「……へぇ、都合いい連中だな」


「それだけ、あなたの噂が独り歩きしてる。今や"追放された鑑定士"が“最強の読解者”として名乗りを上げた……ってね」


ルークは苦笑しながら、ギルドの扉を押し開けた。


その瞬間——


「き、貴方が……ルーク・アークレイン殿ですね!?」


ギルドの受付嬢が駆け寄ってくる。

背後ではすでに数人のスーツ姿の者たちがざわついていた。

彼らは貴族家の使い、研究機関の代表、そして王城の使節。


「本日は、S級相当冒険者としてのランク再登録と、報酬の再評価、ならびに各機関からのスカウト面談が予定されております!」


「いきなりだな……」


「有名人はつらいな、主よ」


ネブラが涼しい顔であくびをする。

まるでこの展開をすべて読んでいたように。


「とりあえず、全部断っておいてくれ。しばらくは個人で動くつもりだから」


ルークのひと言に、受付嬢は言葉を詰まらせた。


「は、はあ……!」



その夜。

王都の一流冒険者だけが入れる《蒼月の塔》にて、非公開の"戦闘演習"が行われた。


主催は王立騎士団。

目的は――"本当に、彼が噂の通りか"、その真偽を確かめること。


相手は、現王国最強の魔法剣士・【紅蓮の騎士レオ】。

ルークが名乗りを上げると、周囲がざわついた。


「鑑定士? また変な自信家か?」


「本当にただの鑑定スキルしか持ってなかったって話だぞ……?」


その声を受けて、レオはにやりと笑った。


「鑑定士か。ならば、一手も当たらぬうちに終わるな」


「一手も、か。じゃあ、お言葉に甘えて」


ルークは腰に下げた短剣をそっと抜く。

軽い構え。それだけだ。


だが――その瞬間。


レオの体がビクンと跳ねた。


「……!? 何をした……!」


「《未来視》。次の三手、全部読んだ。

あなたが右に踏み出して、斜め上から魔剣を叩きつける……そう来ると思ったよ」


「貴様、今の……」


「動いてない。ただ《避ける必要がない》って知ってただけだ」


観客席が静まり返った。


そのままルークは、まるで歩くようにレオの脇に入り、指先で首元を軽く突いた。


「はい、三手目。これが当たってたら、失神ね」


レオは、青ざめてその場に立ち尽くした。


——試合終了。


「ば、ばかな……」


王立騎士団の団長すら、椅子から立ち上がるほどの衝撃だった。


リシアは小さく息をついて呟く。


「やっぱり、“戦うこと”ですら、もうあなたは読んでるのね……ルーク」



その翌日、王都ではついに彼の名が公に報じられた。


『最強鑑定士ルーク・アークレイン、正式にギルドS級相当と認定。かつての追放劇は王都の恥辱か——』


そして、元パーティのリーダーだったリオンは、その記事を握りしめ、床に座り込んでいた。


「……ルーク……お前が……」


震える指。思考がまとまらない。


マリエは口元を押さえ、信じたくない現実に背を向けようとしていた。


「嘘よ……嘘、でしょ……?」


だが。


もう、全てが遅かった。

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