第5話 それが、ルークだと気づいた時にはもう遅かった

「最近、辺境でやたらと目立ってる冒険者がいるらしいぜ」


王都ギルドの一角。冒険者たちの間で、ある"無名の英雄"の噂が飛び交っていた。


「ランクDの迷宮を単独で制覇? しかも毒持ちのリザード系を無傷で?」「いや、素材回収も完璧だったらしい。鑑定系の天才って噂だぜ」


「でも名前は不明。ギルド登録は仮名……顔写真も未登録」


「なんかさ、それって……ルークじゃね?」


——その名が、ついに口にされた。



「……ルーク?」


聖女マリエがその名を耳にしたのは、王都の露店通りだった。

近くにいた若い冒険者が、無邪気に語っていた。


「だってさ、鑑定だけでパーティ支えてた奴が追放されて、いきなり最強になって戻ってくるとか、まるで噂の"追放系"と一緒じゃん?」


「そ、それ……本当にルークなの?」


「さあね? でも噂の奴って、戦い方が妙に正確らしくて……まるで“すでに未来を知ってる”みたいなんだとよ」


マリエの顔がこわばる。


(まさか、そんな……いや、でも、あの鑑定スキル……ルークなら、あるいは——)


頭を抱える彼女の隣で、ガイルが短く呟いた。


「……あり得るな」


「え?」


「俺たちは、何か見落としてたんじゃないか。

あいつがどれだけ細かく支えてくれてたか……気づかなかった。今思えば、全部ルークが——」


「うるさい! そんなはずない! あいつは足手まといで、だから追い出されたのよ!」


マリエは声を荒げてその場を立ち去った。

だが、その背はどこか震えていた。



同じころ。辺境の村、ギルド併設の小さな酒場。


ルークは窓際の席に腰かけ、コーヒーを口にしていた。

対面には、白い制服に身を包んだ少女——リシア・ベルフォード。


王立学院の天才少女。過去、ルークと同じ研究班に属していた唯一の“理解者”。


「——やっぱり、あなたなのね。『無名の英雄』」


ルークは少し微笑む。


「そんなふうに呼ばれてるのか、俺」


「事実を言っただけよ。あの戦績、あのスキル、あの動き。あなたしかいない」


リシアは淡々と語りながらも、少しだけ瞳を細めていた。


「でも、なぜ戻ってこないの? 王都で、正当な評価を受けるべきはあなたよ」


「興味ないんだ、もう。あそこには、“信じてた人間”しかいなかったから」


「……それは」


ルークの隣で、ネブラがふわっと姿を現す。


「ふむ、なかなか観察眼のある人間だな。名は?」


「リシア・ベルフォード。王立魔法学院主席。魔術理論、召喚研究、戦略思考……全部トップの天才だよ」


「面白い。では試すぞ」


ネブラの金色の瞳が、リシアを見据える。


「もし、そなたが主にふさわしい存在ならば、ワタシも少し認めてやろう」


「試す……ってどういう」


瞬間、空間が歪み、三人を包むように《疑似空間(テストフィールド)》が展開された。

ネブラの力による簡易的な試練の場——リシアはその魔力密度に、一瞬だけ息をのんだ。


「なるほど……これが、神獣の力……!」


ルークはそれを止めなかった。ただ静かに見ていた。

この場を突破できるかどうか——それが、リシアと再び肩を並べる“資格”だ。



十数分後。試練の空間は消え、リシアは息を切らしながら立っていた。


「……これで、どうかしら」


「合格だ。ぎりぎりだがな」


「ぎりぎりかよ……」


「でも、あなたは変わってなかったわ、ルーク。あの頃と、同じ目をしてる。

世界を、誰よりも静かに見通してる目」


リシアはそう言って、少しだけ微笑んだ。


「これからどうするの? 本格的に……世界へ“出る”?」


「出るさ。でも俺のやり方でな。あいつらを見返すんじゃない。

俺は——俺自身の未来のために動く」


ネブラが満足げにしっぽを揺らす。


「ふふ。では、新たなる一歩だな、主よ」


——こうして、ルークの名は徐々に世界へ広がっていく。


そして王都では、リオンがついに、"無名の英雄"の詳細な戦闘記録を手に入れる。


「こ、これって……っ!」


震える声。走る冷や汗。


そこに記された戦い方、弱点の突き方、敵の未来行動の予測方法——すべてが、かつて傍で見てきた“あの男”と同じだった。


「あいつは……ルークだ」


気づいた時にはもう遅い。

彼は、もはや遥か先を進んでいた。

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