第5話 それが、ルークだと気づいた時にはもう遅かった
「最近、辺境でやたらと目立ってる冒険者がいるらしいぜ」
王都ギルドの一角。冒険者たちの間で、ある"無名の英雄"の噂が飛び交っていた。
「ランクDの迷宮を単独で制覇? しかも毒持ちのリザード系を無傷で?」「いや、素材回収も完璧だったらしい。鑑定系の天才って噂だぜ」
「でも名前は不明。ギルド登録は仮名……顔写真も未登録」
「なんかさ、それって……ルークじゃね?」
——その名が、ついに口にされた。
*
「……ルーク?」
聖女マリエがその名を耳にしたのは、王都の露店通りだった。
近くにいた若い冒険者が、無邪気に語っていた。
「だってさ、鑑定だけでパーティ支えてた奴が追放されて、いきなり最強になって戻ってくるとか、まるで噂の"追放系"と一緒じゃん?」
「そ、それ……本当にルークなの?」
「さあね? でも噂の奴って、戦い方が妙に正確らしくて……まるで“すでに未来を知ってる”みたいなんだとよ」
マリエの顔がこわばる。
(まさか、そんな……いや、でも、あの鑑定スキル……ルークなら、あるいは——)
頭を抱える彼女の隣で、ガイルが短く呟いた。
「……あり得るな」
「え?」
「俺たちは、何か見落としてたんじゃないか。
あいつがどれだけ細かく支えてくれてたか……気づかなかった。今思えば、全部ルークが——」
「うるさい! そんなはずない! あいつは足手まといで、だから追い出されたのよ!」
マリエは声を荒げてその場を立ち去った。
だが、その背はどこか震えていた。
*
同じころ。辺境の村、ギルド併設の小さな酒場。
ルークは窓際の席に腰かけ、コーヒーを口にしていた。
対面には、白い制服に身を包んだ少女——リシア・ベルフォード。
王立学院の天才少女。過去、ルークと同じ研究班に属していた唯一の“理解者”。
「——やっぱり、あなたなのね。『無名の英雄』」
ルークは少し微笑む。
「そんなふうに呼ばれてるのか、俺」
「事実を言っただけよ。あの戦績、あのスキル、あの動き。あなたしかいない」
リシアは淡々と語りながらも、少しだけ瞳を細めていた。
「でも、なぜ戻ってこないの? 王都で、正当な評価を受けるべきはあなたよ」
「興味ないんだ、もう。あそこには、“信じてた人間”しかいなかったから」
「……それは」
ルークの隣で、ネブラがふわっと姿を現す。
「ふむ、なかなか観察眼のある人間だな。名は?」
「リシア・ベルフォード。王立魔法学院主席。魔術理論、召喚研究、戦略思考……全部トップの天才だよ」
「面白い。では試すぞ」
ネブラの金色の瞳が、リシアを見据える。
「もし、そなたが主にふさわしい存在ならば、ワタシも少し認めてやろう」
「試す……ってどういう」
瞬間、空間が歪み、三人を包むように《疑似空間(テストフィールド)》が展開された。
ネブラの力による簡易的な試練の場——リシアはその魔力密度に、一瞬だけ息をのんだ。
「なるほど……これが、神獣の力……!」
ルークはそれを止めなかった。ただ静かに見ていた。
この場を突破できるかどうか——それが、リシアと再び肩を並べる“資格”だ。
*
十数分後。試練の空間は消え、リシアは息を切らしながら立っていた。
「……これで、どうかしら」
「合格だ。ぎりぎりだがな」
「ぎりぎりかよ……」
「でも、あなたは変わってなかったわ、ルーク。あの頃と、同じ目をしてる。
世界を、誰よりも静かに見通してる目」
リシアはそう言って、少しだけ微笑んだ。
「これからどうするの? 本格的に……世界へ“出る”?」
「出るさ。でも俺のやり方でな。あいつらを見返すんじゃない。
俺は——俺自身の未来のために動く」
ネブラが満足げにしっぽを揺らす。
「ふふ。では、新たなる一歩だな、主よ」
——こうして、ルークの名は徐々に世界へ広がっていく。
そして王都では、リオンがついに、"無名の英雄"の詳細な戦闘記録を手に入れる。
「こ、これって……っ!」
震える声。走る冷や汗。
そこに記された戦い方、弱点の突き方、敵の未来行動の予測方法——すべてが、かつて傍で見てきた“あの男”と同じだった。
「あいつは……ルークだ」
気づいた時にはもう遅い。
彼は、もはや遥か先を進んでいた。
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