願いは、きっと。-4-


「こんなことになるなら、一緒に連れていけば良かったな」


 漸く私から離れたと思うと、桐生先輩は遠い目をして何かを呟き、そっと顔を引き締めた。


 そうしていつもの桐生先輩らしい仕草で私に可愛らしいイルカのキャラクターのイラストの袋を手渡してきた桐生先輩。


「これはなんですか」

「お前、慣れないサンダル履いて靴擦れしたんだろ。これに履き替えろよ」


 桐生先輩に渡された袋の中にを見ると、これまた可愛らしい、袋と同じキャラクターの柄の靴が入っていた。


「もしかして桐生先輩、はじめからこれを買いに?」

「さぁな」


 私、言わなかったのに。足が痛くなったって言わなかったのに気づいてくれてたんだ。そっか、それだからあの場所で待ってろって、一歩も動くなって言ったんだ。


 桐生先輩の優しさを無下にしてしまったなんて、私最底だな。


 だけど、良かった。そっけなく口にする桐生先輩は、もういつもの桐生先輩だ。


「そんなのしか売ってなかったけど、痛いよりはましだろ」

「ありがとうございます。桐生先輩、大好きです」

「……」


 いつもの桐生先輩に戻ってくれて本当に良かった。


 この青く輝く世界の中、少し離れた位置で朝と同じオーラを放っている桐生先輩の背中にそっと腕を回して抱き着いてみる。


 あぁ、落ち着く。やっぱりいつも通りの桐生先輩だ。


 スリ、スリ、スリ。


「おいこらお前、なにしてんだ。さっさと離れろ」


 私が胸に顔を摺り寄せると、途端に怒り出した桐生先輩。


 でも、どうしてかな。そんなことを言われても、全然離れる気になれないのは。


 テノールの優しい声が怒っていると言うよりも、焦っているように聞こえるからかな。


 それとも、桐生先輩の胸の鼓動が私のそれよりも早いのがわかるからかな。


「嫌です、桐生先輩から離れたくないです」

「おい」


 たぶんそれらはどちらも正解で、それでいてどちらも不正解だ。


 私は予感しているんだ。


 もし今桐生先輩から離れなくても、嫌われることは決してないんじゃないかって。


 私の願いは、きっと叶うんじゃないかって。


「桐生先輩」


 そーっと。


 腕の力をそーっと緩め、桐生先輩から少ーし離れる。


 そうして目の前の麗しの王子様のお顔を見上げて、いつも以上に想いを込めて。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。緊張しながら伝えてみる。


「桐生先輩、好きです」


 好きです、大好きです。世界一、いや宇宙一大好きです。言葉で表しきれないくらいに、心の底から大好きです。


 ねぇ、桐生先輩。


「私と、付き合ってください」


 この願いは今もまだ、貴方に通じてはくれないんですか。


「……無理だな」

「な、何でですか」


 あれ、今若干考えましたよね、桐生先輩。


 ちょっと間が空いたから若干期待しちゃったじゃないですか、桐生先輩。


「知らない人間について行くような馬鹿とは付き合えない」

「た、確かに知らない人だったけど、迷子ちゃんだもん」

「迷子は迷子センターに連れてけ」

「迷子センター!そうですよね、それがありましたね」

「……」


 さっすが桐生先輩。ナイスアイディアです!


 いやー、さっきは全然気付かなかったな。


 さっきは私、しおりちゃんのお母さんは絶対に私が見つけないとっていう使命感に燃えて、他はなんにも考えてなかったもんな。


 まぁ良いか。それでも結局見つかったんだし。


 私は何にも出来なかったけれど、しおりちゃんとしおりちゃんのお母さんの絆が、二人を再会させてくれたんだから、それで良いよね。


 そう、絆……


 あ、あれ。


 もしかして。


 しおりちゃんのお母さんを探していたら迷子になってしまった私が桐生先輩と再会できたのは、桐生先輩との間に絆があったから?


 そっか、そっか。そうだったんだ。今まで気付いていなかったけれど、私たちの間には深ーい絆があったんだ。


 桐生先輩に私が惹かれてやまないのは、二人の間が見えない糸で繋がっていたからなんだ。


 そうかそうか。そういうことか。


「桐生先輩と私は、運命の赤い糸で結ばれていたんですね」


 へへへ、なんだか嬉しいな。


「そんなものはない」

「桐生先輩に見えてないだけで、絶対あります」

「お前も見えてはいないだろ」


 もう、桐生先輩ったら。


 桐生先輩は認めてくれないけれど、きっとある。


 あー、嬉しいなぁ。嬉しすぎてどうにかなりそう。


 私が今こうしてここにいるのもきっと、私たちが赤い糸で繋がっていたからなんだ。


 そう思ったら、なんだかとっても安心できた。


 もう大丈夫だ、これできっと上手くいくって、そう思えた。


 私にとっての過去であって、今の私の未来のその日。


 その日に起こりうるかもしれない、絶対に起きて欲しくないあの悪夢を、もしかしたら今の私になら変えることが出来るんじゃないだろうか。


 きっと、いや絶対に。


 どんどんどんどん、力が漲(みなぎ)ってくるのがわかる。


 考え方ひとつで、こんなにも世界は変わるんだ。


 今の私なら、なんでも出来る。


 そう、そうだよ。きっとそうだよ。


 だったら、まず。とりあえず今は、小さな一歩を踏み出そうじゃないか。


 少し前に離れたばかりの桐生先輩に、もう一度ぎゅっと飛びついた。


「おい、お前。何度言ったらわかるんだ」


 怒っているようで、怒っていない。

 焦っているようで、焦っていない。


 まるでそうなることがわかっていたかのように、そっと優しく。


 飛びついた私の背中に腕を回し、包み込むように優しく抱きしめてくれた桐生先輩に、さっき以上に力を込めて抱き着くと、あぁやっぱり。


 やっぱりここは、落ち着くなぁ。

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