未来は、未定。-2ー
「今からアンタを過去に送る」
真剣な瞳を私に向けたぴよちゃんが、ゆっくりとそう口にした。
「もしかして、私タイムマシンに乗れるの?」
やったー!昔から夢だったんだよね。いつか絶対タイムマシンに乗りたいって思ってたんだ。
「タイムマシンだ?そんなものはない」
「えぇ!?」
なんでなんで。過去に行くって言ったらタイムマシンじゃないの。
「タイムマシンなんてものがあったら困るだろうが。考えてもみろ。もし仮にそんなものが存在したら、過去に不満を持った奴等がわんさか集まって奪いあい始めるに決まってる。そしていつの日かその中で勝ち残った奴が過去に戻ってやりたい放題。過去も未来もなくなっちまう」
た、確かに。それは恐ろしいな。
「それに、ある時点で同じ人間が二人も三人も現れるようなことはあってはならないんだよ。もしもその人間が過去の自分自身を殺めたりしたらどうすんだ」
過去の自分自身がいなくなったら、未来の自分もいなくなっちゃうよね。あれ、今の自分も過去から見たら未来の自分だから、えーっと……
ダメだ、わけわかんないや。
「そうだろう。訳わかんないことになって、収集つかなくなるんだよ。だからオレが送るのはアンタの意識だけだ。アンタの実体じゃない」
そういえばさっきも“意識を送る”って言ってたけど、どういうことかな。
何が違うんだろう。
「今のアンタの意識を、過去のアンタの身体の中に送るんだ。そうすることで、アンタは過去のある時点からもう一度やり直すことができるんだ」
なるほど。
つまり、過去の私になるってことか。
「そういうこと。今までの記憶を持った状態で過去のアンタに戻ることになる。ただし、過去に行くにあたって絶対に侵してはならないルールがある」
「絶対に侵してはならないルール?」
なにそれなにそれ。
ぴよちゃんの話はやっぱり難しい。
どこか抽象的で、だけど時たま核心を突くようなぴよちゃんの話は、本当に難しい。
難しいけど……気になる。
「そうだ。絶対のルールだけは守れ」
私が聞き取りやすいように考えてか、ゆっくりそしてはっきりと口にしてくれたぴよちゃん。
だけど、その“絶対のルール”っていうのが何なのかわからないんじゃ意味がない。
そう思っていると、ぴよちゃんが口を再び開いた。
「さっきも言ったように過去の事実は絶対だが、その過去にちょっとばかし手を加えたところで宇宙の未来に影響を与えるようなことはない。そういう小さな変化を加えられることはある程度許容できるが、大きな変化は許されない。未来に影響が出る変化が起きた場合、その部分はオレが修正することになる」
そ、それなら、私が過去に戻っても出来ることはないってこと?
もし変えられたとしても、後で戻されてしまうの?
「安心しろ。アンタの願いをすべて叶えても宇宙の未来は失われない。なんの問題もないから大丈夫だ。だが絶対に叶うとは言い切れない。アンタの行動次第で希望通りにもなるかもしれないし、ならないかもしれない。未来は未定だ」
良かった。
叶えられるか、叶えられないかわからないなら、叶える努力をするだけだ。
そのためなら、私はなんだってできる。
「あくまでアンタの意識を戻すだけだから、ものなんかは持ってけないし、オレもついて行ってやれない。もしかしたらまた同じ結末を目にすることになるかもしれない。そういうことを全部理解した上で心の準備が出来たらオレに言え」
ぴよちゃんは、決断が難しいかのように言うけれど。私はとっくに覚悟できてる。
桐生先輩がいるのなら。
桐生先輩に会えるのなら。
桐生先輩の笑顔を見られるというのなら。
私は必ずそこに行く。どこに居たって飛んでいく。
そこが過去でも未来でも。
たとえ誰からの助けも得られない場所だとしても。
「ぴよちゃん、お願い。」
自分の力を出しきって、絶対に過去を変えるんだ。
心に固く誓って声をかけると、ぴよちゃんは満足そうに笑って背中をそっと押してくれた。
「ひ……ちゃ…、日菜子ちゃん」
「えっ、あ、桜ちゃん」
おーっと、いけないいけない。
ぴよちゃんとのことを思い返していたら、なんだか意識が遠のいてしまった。
「大丈夫ですの。やっぱり体調がすぐれないのではありませんか」
「いや、全然大丈夫。私ったらものすっごく元気だから」
「そうですか。」
困った顔で尋ねる桜ちゃんに、まさか未来から戻ってきて意識が飛んでましたー、なんて言えないよ。
それにしても本当に戻ってこれたんだ。桐生先輩がいる日に。
7月6日の火曜日ってことは、桐生先輩と出会って91日目の、あ、あれ。
あれれれれ。
「きょ、今日って本当に7月6日?」
「はい。そうですわよ」
や、や、
「やったー!!」
「あ、あの日菜子ちゃん?」
どうしたんですの、と心配そうな瞳を向ける桜ちゃん。
だけどそれに答える余裕は今の私にはないんだ。ごめんね、桜ちゃん。
「桜ちゃん、私今日は絶対にやらなきゃならないことがあるから急いで帰るね。ごめんね、また明日ね!」
7月6日、つまり7月7日の一日前。
すなわち桐生先輩のお誕生日前日!
この日に戻してくれるなんて、ぴよちゃん本当さすがです。ぴよちゃん様様だよ。
桐生先輩はあの日の私に教えてれなかったけれど、今の私は知ってるんですから!
明日の朝、サプライズでお祝いして、とびっきりの笑顔を見せてもらうんですから!!
ふふふふふ。桐生先輩、覚悟してくださいね。
桐生先輩の綺麗な笑顔を思い浮かべながら、私は心に強く誓った。
せっかくなら、言葉でお祝いするだけじゃなく何かプレゼントしたいけど、桐生先輩は欲しいものとかあるかな。
うーん。
わかんないな。本人に電話するっていうのも一つの手だけど、電話に出てくれるかな。
絶対出てくれないよね。前に先輩に電話したときは、30コール鳴らしても出てくれなくて、やっとつながったと思ったら即切られちゃったんだよね。思い出すだけで涙がでそう。
ダメダメ。こんなこと考えたいわけじゃないんだから。
それに、今電話で聞いちゃったらサプライズにならないよね。
よし、自力で考えるぞ。何か良いものないかな。
お誕生日っていったら、バースデーケーキだよね。
手作りケーキのケーキをプレゼントっするっていうのもありかな。
先輩、甘いもの好きだったっけ。
うーん。
あれ。なんか前にもこんなこと考えた気がする。
いつだっけ。
えーっとえーっと。
確か……
『カップケーキ』
え。
『カップケーキだ。バナナ味が良い』
いつのことだったかを懸命に思い出そうとすると、頭の奥底で心地好いテノールが鳴り響いた。
そうだった。
今の私の未来であり、もう過ぎ去った過去のこと。私はあの時、桐生先輩に聞いたんだった。桐生先輩の好きな食べ物を。
『期待してる』
ねぇ、桐生先輩。
桐生先輩がくれたその一言が、私にどれだけ大きな力をくれたのか、きっと今の桐生先輩は知らないよね。
だけどきっと、私は一生覚えているよ。
だから、だからね。
ほんの一瞬でもいいから、あなたの優しい微笑みを、私に向けてはくれませんか、桐生先輩。
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