第105話:強面と可愛い従魔

「ウニャ。ウニャア、ニャニャンニャァ。ニャニャニュアン?(あら。あなた、触り方が丁寧ね。素質あるわよ?)」

「そうですか? ありがとうございます」


 触り方を褒められた楓は、嬉しそうにそう答えた。


「ニャニャルフフ? ウニュルア?(本当に理解しているの? 怪しいわね?)」

「それでは、何かピーチさんしか知らないことを教えていただけますか?」

「ウニャンニャ。ニャルフン(それもそうね。いいわよ)」


 一連の会話が成り立っている時点で、楓がピーチの言葉を理解していることになるのだが、そのことにピーチは気づいていない。

 それほどに楓とのやり取りが自然過ぎたのだ。


「ウニャァ……ニャルニャン、ニャルニニニャーンクルクル(そうねぇ……バルバスちゃんは、部屋でピンクのカーテンを使っているわ)」

「え? そうなんですか? ……想像ができませんね」


 ピーチの話を聞き、楓は思わずバルバスに目を向けながらそう口にした。


「ん? なんだ、どうしたんだ?」

「あ、えっと……私が本当にピーチさんの言葉を理解できているか確認するために、ピーチさんしか知らないことを教えてもらったんです」

「ほほう? それってのは?」

「それが……バルバスさんのことでして……ちょっといいですか?」


 この場にはオルダナに、リディもミリーもいる。

 いくらピーチに信じてもらうためとはいえ、この場でバルバスの秘密を全員に知られるのは申し訳ないと思った楓は、耳打ちで確認を取ることにした。


「……ピーチさんから、お部屋のカーテンの色が、ピンク――」

「だああああっ!? お、おおおお、お嬢さん!! そのことは絶対に誰にも言うなよ!!」

「あ、本当なんですね」

「マジだから! いいな! 絶対だぞ!」

「分かりました」


 顔を真っ赤にしながら大慌てでそう口にしたバルバスに、楓は苦笑しながら答えると、その視線をピースに向けてもう一度優しく触れる。


「確認が取れました。どうですか?」

「ニャニャン。ウニャニャ、ウニャーニャン(理解したわ。あなた、すごいわね)」

「すごいのは私ではなくて、スキルの方ですよ」


 褒められたことが嬉しかった楓ではあるが、本題はここからなのでいったん気持ちを落ち着けさせる。


「……それじゃあ、ピーチさん。あなたが従魔具に求めるものを教えていただけますか?」


 そして、改めてという気持ちでピーチの声を掛けた。


「ウニャングルルニルル、ウニャンキュルルルルン(氷属性を強くできる従魔具なら、形はどんなものでもいいわ)」

「ピーチさんは、氷属性の魔法が使えるんですか?」

「ま、魔法だと!?」


 ピーチの話を聞きながら確認のため繰り返すと、何故かバルバスから驚きの声が上がった。


「……ど、どうしたんですか?」

「なんで魔法の話が出たんだ? まさか、何かあった時は俺と一緒に戦おうってことか? ダメだ! ピーチにそんなことはさせられん!」

「……ニャゥゥ。ギャゥゥ(……はぁぁ。また出たわ)」


 捲し立てるように言葉を発してきたバルバスを見て、ピーチは呆れたように呟いた。


「確かにピーチは強い! だが、危険な場所に連れて行くなんて絶対にしない! 絶対にだ! これは俺が決めたことだ! ダメだ、ダメだ!」

「お、落ち着いてください、ギルマス様! ピーチさんは別に、一緒に戦いたいなんて一言も言っていませんから!」

「……ん? そうなのか?」


 楓が慌てて話の内容を伝えると、バルバスはピタリと止まり、そして静かになった。


「えっと、ピーチさんはただ、氷属性を強くできる従魔具が欲しいと言っただけです。形はどんなものでもいいそうですから、オシャレな服の形で作れればいいと思っています」


 ピーチの意見も取り入れながら、楓は自らの考えをバルバスに伝えていく。

 するとバルバスは腕組みをしながら考え込む。


「……あの、何かありましたか?」

「……どうしてオシャレなだけではダメなのか、聞いてくれないか?」


 バルバスの言葉を聞いて、楓は彼が本当にピーチのことが好きで、危険にかかわらせたくないと思っているのだと理解した。

 だが、それがあまりにも過保護過ぎるのではないかとも思えてならない。

 ピーチはバルバスの従魔なのだから、楓がどうこう言える立場ではないことも理解しているが、それでもピーチの考えを聞かないつもりなのではないかと心配になってしまう。


「……分かりました」


 だからだろう。

 楓は自分にできることをしっかりとやり遂げようと決めた。

 そのできることというのが、ピーチの考えをしっかりとバルバスに伝える、というものだ。


「聞かせてくれますか、ピーチさん。どうして氷属性を強くできる従魔具が欲しいのかを」


 楓の質問に、ピーチは小さく息を吐いてから、教えてくれた。


「……ニャルル、シャルニシャル。ニャンニャルル?(……何かあった時、自衛するためよ。そう伝えてくれる?)」

「……? 分かりました」


 どこか歯切れの悪さを感じた楓だったが、ピーチがそういうのだからと彼女の言葉をそのまま伝えることにした。


「何かあった時に自衛をするため、だそうです」

「な、何かあった時、だと!?」

「おい、バルバス。お前、魔獣狩りだったりギルドの仕事の時、ピーチを置いて行ってんだろう?」


 納得していない様子のバルバスに対して、今度はオルダナが声を上げた。


「当然だろう!」

「そんなお前がいない時にピーチに何かあったら、どうするんだ?」

「はっ! ……ダ、ダメだ! 絶対に、ダメだああああっ!!」

「いちいちうるせえんだよ! だからだろう、ピーチが自衛のためって言うのはよ!」


 オルダナの説明を聞いたバルバスは、腕組みに加えて奥歯を噛みしめ始める。


(そ、そんなに考えることなんだ。……でも、それだけ愛されているということでもあるんだよな。……難しいところだね)


 従魔のことを愛しているからこそ、従魔を束縛してしまう。

 それをお互いに理解して、許容できているのであれば問題ではないと思うが、そうでなければ改善が必要だと楓は思ってしまう。

 今のところバルバスの愛をピーチが受け止めているので問題はないと思いたいが、果たしてバルバスはどのような答えを出すのか。


「……………………ぐぬぬ」

「悩み過ぎだろう!」

「…………分かった! それで頼む、お嬢さん!」

「は、はい! お任せください!」

「ニーニー(やれやれ)」


 ようやく折れてくれたバルバスに楓が力強い返事を返すと、ピーチは小さく鳴きながら首を横に振っていた。

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