第41話:カリーナの新たな翼
「……うわぁ。すごく、綺麗です」
中庭に出た楓の口から最初に飛び出した言葉が、それだった。
「キャルララ?」
楓の声に気づいたカリーナが、優しく、それでいて穏やかに鳴いた。
それは何故か、カリーナの両翼には既に、楓が作り上げた新たな翼である従魔具が取り付けられていたからだ。
月明かりに反射し、光り輝く銀色の両翼。
瑠璃色の鱗に対して、銀色の両翼はやや異物感が拭えないものの、それはすぐに解消される。
「……え? 従魔具の色が、鱗と同じ瑠璃色に変わった?」
カリーナが従魔具に自身の魔力を注ぎ込むと、従魔具の色が銀色から、鱗と同じ瑠璃色に変化したのだ。
異物感などどこにもなく、まるで従魔具が最初からカリーナの両翼だったかのような一体感を作り出していた。
「クルルルルゥゥ」
そして、ゆっくりと近づいてきたカリーナは、楓の頬を優しく舐めた。
「……触れてもいいですか、カリーナ様?」
楓がそう口にすると、むしろ触ってくれと言わんばかりに、カリーナは尻尾で優しく楓を包み込んだ。
「クルルルルゥゥ(ありがとう)」
「私の方こそ、ありがとうございました。まだまだ駆け出しの従魔具職人ですが、最高の従魔具を作ることができて、とても良い経験になりました」
カリーナのお礼に対して楓がそう返す。
するとカリーナは苦笑しながら言葉を続ける。
「キャルラ。キュルラルルリリ(うふふ。カエデは謙虚なのね)」
「そうですかね?」
「クルル。ギャルギャウギララ(そうよ。ボルトにも見習ってほしいわ)」
「子爵様は貴族として、力を示す必要があるのだと思いますよ?」
「おい、ちょっと待ってくれ! どうしてそこで俺の名前が出てくるんだ!?」
楓とカリーナの会話の中で、突如としてボルトの名前が出てくると、彼は慌てて口を挟んできた。
「ギャウラウウガア?(口を挟まないでくれる?)」
「今のは俺にも分かったぞ! 口を挟むなと言っているだろう!」
「すごいです、子爵様! どうしてお分かりに?」
「がはは! カリーナとは誰よりも長く一緒にいるのだ! これくらい分かって当然よ!」
最初こそ慌てていたボルトも、カリーナの言葉を聞き分けたことを楓が手放しで褒めると、嬉しそうに笑った。
「……っと。それでだ、カエデ殿。実は、カリーナからそなたにお礼があるんだ」
「え? カリーナ様からのお礼、ですか?」
楓が驚きのまま聞き返すと、その視線をボルトからカリーナへ移す。
するとカリーナは長い首で頷き、大きな背を低く下げた。
「……え? これって、え?」
「キャルルララ(乗ってちょうだい)」
「でも、ここは子爵様の場所、ですよね?」
遠慮しながら楓がボルトを見ると、彼は首を横に振ってから口を開く。
「今日に限って言えば、その場所はカエデ殿の場所だ。というか、カエデ殿が乗ってくれなければ、カリーナは俺を乗せて飛んではくれなさそうだ。だから、俺のためにも乗ってあげてくれないか?」
ボルトはそう口にしながら、強面ながら柔和な笑みを浮かべてそう答えてくれた。
「……分かりました。ありがとう、カリーナ様」
「手伝おう」
当然だが、楓はドラゴンに乗ったことはなく、さらに言えば乗馬もしたことがない。
まさか初めて生きものに乗る相手がドラゴンだなどと、誰が思うだろうか。
楓はボルトに手伝ってもらいながら、時間を掛けてカリーナの背に乗った。
「……これ、バランスを崩して落ちちゃったりしませんか?」
「安心するといい。そんなこと、カリーナが絶対にさせないからな」
「そうなんですか? でも、カリーナ様というより、私の運動音痴が原因で――きゃあっ!?」
落ちないかという不安を口にしていると、突如としてカリーナが下げていた背を持ち上げた。
体が大きく揺れ、視線が一気に高くなったこともあり、楓は思わず大きな声を上げてしまった。
「グルル、ガルアアッ!(それじゃあ、飛ぶわよ!)」
「えぇっ!? あの、心の準備が――ああああああああぁぁっ!!」
楓の言葉を遮るように、カリーナは新たな翼を羽ばたかせると、その大きな体が浮き上がる。
そして、何度も、何度も、力強い羽ばたきを繰り返すことで、さらに上昇していく。
「……あぁ、カリーナ。君は本当に、新たな翼を手に入れたのだね」
そんなカリーナの姿を、ボルトは地上から見上げ、柄にもなく涙を流す。
楓からは見えなかったが、カリーナからははっきりと見えていた。
そして、口に出すことはなく、心の中で「ありがとう」とボルトへの感謝を伝えていた。
「落ちる! 落ちるうううう……あ、あれ? なんだか、揺れない? それに、カリーナ様にくっついてる?」
感動とは真逆の精神状態だった楓だが、思っていたよりも揺れず、安定して座れている自分に気づき、驚きの声を漏らした。
「ギャウウキュルララ(魔法で固定しているのよ)」
「……魔法って、なんでもありなんですね」
そう口にした楓だったが、落ちる心配がなくなったと分かったからか、カリーナの背に乗り、そこから見える美しい眺めに目を奪われてしまう。
「……うわぁ……バルフェムが、光り輝いていますよ、カリーナ様!」
明かりは月明かりだけだと思っていた。
しかし、空からバルフェムを見下ろせば、窓から漏れ出た明かりが、屋台の明かりが、地上のキャンパスに様々な彩りの光が躍り、美しい景色を作り出している。
「キャルルラ、キュルルララルラルルラ。クルルルルゥゥ(カエデのおかげで、またこの景色を見ることができたわ。ありがとう)」
「私の方こそ、こんなにも美しい景色を見せていただき、ありがとうございます」
それからカリーナは、バルフェムの上空を何度も旋回し、楓と共に空の散歩を楽しんだ。
その姿をバルフェムの民も地上から見上げており、カリーナに新たな翼が与えられたのだと、歓喜の声を上げていた。
楓がそのことに気づくはずもない。地上からの声が聞こえていないからだ。
しかしカリーナは気づいていた。人間以上の聴力を持っていたからだ。
「ルルル。ギャルガルララ?(うふふ。いい宣伝ができたかしら?)」
「え? 宣伝って、なんの話ですか?」
楓の問い掛けに、カリーナは答えなかった。
「……まあ、いっか。うふふ、風が気持ちいいなぁ」
その答えに楓が気づくのは、明日か、明後日か。
どちらにしても、今はこの時、この瞬間を楽しもうと決めた楓なのだった。
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