第3話:楓の選択
(……しかし、外れスキルか。それは本当に、外れスキルなのかしら?)
この世界では外れスキルなのかもしれないが、楓にとってはそうじゃないかもしれない。
それは異世界系の作品を読み漁っていた中に、外れスキルが必ずしも外れスキルではない作品があったからこその考え方だった。
「……あの、カエデ様? 大丈夫ですか?」
楓がずっと思案顔のまま動かなかったからか、レイスは心配そうに声を掛けてきた。
「え? あ、あはは! はい、大丈夫です! スキルの名前的に従魔に関するスキルっぽいですし、私にはいいかもしれません!」
動物が好きだった楓にとって、従魔に関するスキルはむしろラッキーくらいの感じを持っていた。
「……た、確かに従魔に関するスキルですが……いいえ、そうですね。カエデ様がそう仰るのであれば、きっとそうなのでしょう」
最初こそ困惑していたレイスも、異世界からやってきた楓ならばと、そう思うことにした。
「とはいえ、王城に従魔はおりません」
「え? そうなんですか?」
「はい。少し離れた別の都市でまとめて世話をしています。なんと言いますか、糞尿がどうしても……」
「あー、なるほど」
そこは日本も異世界も同じなのかと、思わず苦笑してしまう楓。
あとで従魔具職人について確認しなければと思いつつ、別で気になることもあり話題を変えてみる。
「そういえば、さっき使わせてもらった魔導スクロールですけど、あれは魔導具とは違うんですか?」
「……カエデ様は、こちらの世界について何か知っているのですか?」
思わず出てきた言葉に、楓はハッとして我に返る。
「す、すみません! あの、私、異世界物のお話と言うのが好きでして、そういうお話が私がいた世界にはたくさんあって、それで思わず……」
「なるほど、そう言うことでしたか。そう言うことでしたら、兄上の方のお三方も?」
「どうでしょうか。好き嫌いはあるはずですから」
偏見は良くないと分かっているが、見た目から道長とアリスは読まなそうだと思ってしまう楓。
(有明さんはもしかしたらって感じだけど、文学少女っぽかったからなぁ。さすがにないかもなぁ)
ここでも自分の世界に入り込んでしまった楓。
しかし今回はレイスから声を掛けられる前に我に返り、苦笑いしながらこれからのことを口にする。
「あの、レイス様。ここには従魔がいないということでしたが、私が働くとなるとどこに行けばいいでしょうか?」
「え? 働く、ですか?」
「はい。私は勇者ではありませんし、お城でずっとお世話になるわけにはいきません。それなら外で働いて、自分で稼ぎを得ないといけないですよね?」
「……えっと、それは、どうでしょうか?」
「違うんですか?」
今回の勇者召喚は、王妃を助けるために行われたものだ。
しかし楓は巻き込まれであり、さらにスキルはこの世界では外れスキルの〈従魔具職人〉。
自分の力だけで生きていくには十分かもしれないが、王妃を助けるためには明らかな力不足と言えるだろう。
ならば、何もせずにお城でずっと世話になっているわけにはいかないと考えていた。
「勇者召喚を行った場合、召喚した皆様については王族が責任をもって世話をするという決まりになっております」
「でも、私がそれを拒否すれば、その決まりの限りではありませんよね?」
「……あ、兄上に確認を取ってもよろしいでしょうか?」
どうやらレイスだけでは決めかねる案件のようで、彼は慌ててそう口にした。
「もちろんです。お手間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「いいえ。こちらこそ配慮が足りず、申し訳ございません」
急いで立ち上がったレイスは、ミリアに声を掛けると、二人して大急ぎで部屋を飛び出していく。
向かいの扉が開かれた音を聞き、まだ説明が続いていたのだと気づく。
(まあ、三人もいるんだし、説明も時間が掛かっちゃうか)
小さく息を吐きながらそんなことを考えていると、向かいの扉が勢いよく開かれる音がする。
「城を出て行くというのか!?」
「え? あ、はい」
現れたのは、第一王子のアッシュだった。
その後ろには渋面になったケイルも見える。
「何故だ!?」
「私のスキルが王妃様を助けるのに役に立ちそうもない、〈従魔具職人〉だったからです」
「……〈従魔具職人〉、だと?」
「その通りです」
驚きと呆れが入り混じったような声を漏らしたアッシュに対して、楓は微笑みながら即答する。
思案顔になったアッシュは、横目にケイルを見ると彼も困ったような表情をしていた。
(私としては、悩むことなく認めてくれたらそれでいいんだけどなぁ)
微笑みを絶やすことなく、アッシュの判断を待つ楓。
「どういたしましょう、兄上?」
「…………はぁぁ~。彼女がそう言うのであれば、そうするしかないだろう」
「ですが!」
「俺たちに引き留める権利はない。特に、スキルが〈従魔具職人〉であればな」
アッシュの言葉を受けて、〈従魔具職人〉は本当に外れスキルと見られているのだと実感した楓だが、それでも大きく頷くに止めた。
「話はそれだけか?」
「はい」
「分かった。あとは任せたぞ、レイス」
「……かしこまりました」
小さく息を吐きながら戻っていったアッシュとケイル。
残されたレイスとミリアは、申し訳なさそうに楓を見る。
「……本当に、申し訳ございません!」
「謝らないでください。私が自分で選択した結果なんですから」
柔和な笑みを浮かべながら、楓はこれからのことを話し合いたいと口にする。
「外に行くにしても、先立つものが必要になると思うんです。こんなことをお願いしてもいいのか分からないんですが――」
「お渡しできる金銭は、可能な限りお渡しいたします!」
「そ、そこまで多くはいらないですよ? まずは仕事がありそうな街へ向かうための路銀と、仕事を見つけるまでの生活費くらいがあればって感じなので」
王族が渡せるだけの金銭がいくらなのかは気になるものの、それを受け取ってしまったら意味がないと、楓は苦笑しながら断った。
そして、市井の生活費を把握しているかという疑問はあったが、今の楓が頼れるのはレイスだけなので、お願いするしかできない。
「……かしこまりました」
「ありがとうございます!」
「頼めるかな、ミリア?」
するとレイスは、護衛騎士のミリアに声を掛けた。
楓が驚きの表情を浮かべると、レイスがその理由を教えてくれる。
「ミリアは平民の出なのです」
「そうだったんですね!」
「はい。ですので、市井の人たちの生活費についてもある程度は把握しております」
「助かります! 本当にありがとうございます!」
こうして楓は、レイスとミリアの助けを借りたものの、たった一人で異世界を生き抜くことを決めた。
(なんでだろう。ものすごくワクワクしてきたな!)
どのような出会いが楓を待っているのか。
楓は知らず知らずのうちに、気持ちが表情に現れ笑みを浮かべていたのだった。
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