第4話:出発

「それじゃあ皆さん、お元気で!」


 王城へと続く門の前。そこで楓はレイスやミリア、道長たちに別れを告げていた。


「何かありましたら、いつでも戻ってきてください」

「私たちはいつでもカエデ様の味方ですから」


 レイスとミリアは笑顔でそう口にした。

 装いも新たになっている。これはミリアから、日本の洋服のままだと目立ちすぎるからと言われ、用立ててもらったものだ。

 本当によくしてもらったと、二人は自分の味方なのだと、心の底から感謝している。


「大丈夫なんですか、犬山さん?」

「本当に行ってしまうんですか?」

「残って一緒に頑張ればいいのに~!」


 道長、鈴音、アリスは心配そうに声を掛けた。


「大丈夫、心配しないで。それにこれは、私が決めたことなんだから」


 そんな三人へ楓は笑顔で答えると、そのまま手を振りながら歩き出した。

 とはいえ、当然だがこの世界の土地勘なんてものはない。


「確か、ミリアさんの知り合いの冒険者さんが、従魔のお世話をしている街まで護衛をしてくれるんだよね」


 一人でも大丈夫だと口にしていた楓だが、どうやらこの世界、人間をエサとする魔獣が存在するということで、護衛を雇うことになった。

 騎士を付けることは難しいとなり、冒険者へ依頼をすることになったのだが、そこでもひと悶着あったのだ。


(まあ、さすがの私も女性一人なのに、誰とも知れない冒険者に依頼をするのは気が引けるもんね)


 身の危険があるのは、何も魔獣だけではない。

 同じ人間同士でも、身の危険を感じることは少なくない。

 それは異世界に限らず、日本でもそうだった。


(ミリアさんの知り合いなら、きっと大丈夫だよね)


 ここにきて楓は、不思議と緊張してしまっていた。

 人付き合いが苦手だった楓は、仕事でも基本的には一人でいることが多かった。

 家族との関係も良好とは言えず、唯一祖父母のことだけは尊敬し、亡くなった時には誰も引き取り手がなかった仏壇を引き取るくらいには、大好きだった。


(……上手く、やれるかな)


 そんなことを考えていると、ミリアに教えてもらった一本橋に到着した。


「確か、ここで待ち合わせのはず。冒険者の特徴は、真っ赤な髪に目立つ槍、だったっけ?」


 そう口にしながら辺りを見回すと――


「……あ、いた」


 すぐに見つけることができた。


(なるほど。確かにこれは、あれだけのヒントで見つけられるね)


 腰まで伸びた真っ赤な髪は荒々しく、二メートルに迫る長槍を右手に持った長身の女性冒険者。


「あ、あの~」


 ドキドキしながら楓が声を掛けると、女性冒険者は振り返り、快活な笑みを浮かべる。


「あら! もしかしてあなたが?」

「はい。ミリアさんから紹介を受けてきました、犬山楓と申します」

「私はティアナよ! よろしくね!」


 女性冒険者のティアナは名乗りながら右手を差し出してくれたので、楓も握り返す。


(うわ。逞しい手だな)


 そんな感想を抱きながら、楓はお礼を口にする。


「その、護衛を引き受けてくれて、本当にありがとうございました」

「気にしないで。ミリアからはがっぽりと依頼料を貰っているからさ」


 笑いながらそう口にしてくれたティアナだが、がっぽりとはどれくらいだろうと内心でハラハラしてしまう楓。


「依頼内容は、従魔都市バルフェムまでの護衛でいいんだよね?」

「はい!」


 従魔都市バルフェムと聞いて、楓は内心でワクワクしてしまう。


「ここで長話もなんだし、歩きながら話をしない?」

「いいですね! あ……そ、そうですね」


 思わず素の話し方が出てしまったため、楓は慌てて言い直す。


「あー、別に丁寧に話さなくてもいいわよ? ミリアは騎士だけど、私は冒険者だからね」

「……そう言ってもらえると、助かります」


 苦笑しながらティアナがそう言ってくれたため、楓もお言葉に甘えることにした。


「私はなんて呼べばいい? その、名前が長くてさぁ」

「楓でお願いします。犬山は苗字なので」

「苗字? ……家名ってこと? え、もしかしてカエデって貴族様?」

「ち、違います! どこにでもいるような普通の人間です!」


 苗字があるから貴族という概念を思い出し、楓は慌てて否定する。


(そっか、家名持ちってことになっちゃうんだね。これからは気をつけなきゃ)


 首を傾げているティアナに対して、楓は苦笑いを浮かべる。


「……まあ、ミリアの紹介だしね。何か訳アリってことでしょう?」

「貴族じゃないですけど、訳アリではありますね」

「訳アリなんだ……」

「え? 答えちゃダメでした?」


 思わず答えてしまったが、ダメだったかなと心配そうに聞き返した楓。

 そんな楓を見たティアナは苦笑し、首を横に振る。


「ごめん、ごめん。大丈夫だよ」

「本当ですか?」

「あぁ。それに、相手が訳アリでもきちんと依頼をこなすのが冒険者ってもんさ!」

「……ありがとうございます」


 それから二人は他愛のない話をしながら歩き続け、王都を出る門の前までやってきた。


「このまま出発しちゃってもいいのかしら?」

「はい! 大丈夫です!」

「了解よ。それじゃあ、いきましょうか」

「よろしくお願いします!」


 楓は初めて外壁の外に出る。

 魔獣という脅威がいることを知り、不安がないわけではない。

 しかし、それ以上に彼女を突き動かすのは、異世界という新たな場所への大きな期待だ。


(いったいどんな出会いが待っているんだろう! 楽しみだな!)


 こうして楓は王都を出ると、従魔都市バルフェムに向けて出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る