第3話 「迷宮へ」

「ここが夜の校舎ですか。ワクワクしますね」


「……わたしはビクビクしてるけどね」


 昨日と同じようにわたしは深夜の校舎へ侵入していた。昨日と違うのは隣に高砂たかさごさんがいるってこと。


 見慣れた制服を身にまとった高砂さんは、


「闇に紛れられそうではありませんか」


 と言った。ちなみにわたしも制服だ。理由はちょっと違ってて、生徒が侵入したってことであればちょっとは許して……くれないよね。


「絶対、誰にも言わないでよ」


「言うわけないじゃないですか。私たちは一心同体、すこやかなるときも病めるときも一緒なのですよ」


 新郎新婦を前にした神父様みたいなことを高砂さんが言う。前に伸びているのはバージンロードではなく闇に覆われた廊下だけど。


 明かりのない校舎はいだ海のように静か。その中を高砂さんはスカートをひるがし、スイスイスイと歩いていく。水を得た魚とはまさにこのことか。


「やっぱりあの子って高砂さんだったんじゃないの……」


 高砂さんが手を振って否定する。そんな仕草さえもどこか余裕があるように見えてならない。


 そうこうしているうちに3階にたどり着く。廊下を曲がれば、2-3の教室が見えてきた。


「そういえば、ペアで同じクラスになるのって結構珍しいんですよ」


 わたしは改めて、妹のいない教室を見てみる。


 いなくなった妹の席にいるのは、ちょっと先を歩いている高砂さん。


 なんで、妹じゃなくて、ほかの人がペアということになってるんだろう。


 妹はどこへ行ってしまったの――。


「ほら行きましょうよ。ぐずぐずしていたら4時44分になってしまいます」


 そんな声がやってきて、わたしは我に返る。


 手招きする高砂さんの方へ歩きながら、考える。


 迷宮への入り口が開く時間のことについて、高砂さんに話したっけ。いやまあ、七不思議は有名だから知ってるか。


 妹はよく言っていた。


 ――知らないおねえちゃんがおかしいんだよ。


 そんなことはないとは思いたいんだけど、妹に言われると、どうにも言い返せなかった。


 それはそうと、開かずの部屋は今夜も光り輝いていた。「開かず」のくせにうっすら開いているし隙間からは光が漏れている。


「なんで警備員は気が付かないんだろ」


「施錠が終わってから開いているのでしょう」


「そんなバカな……」


「実際開いているのですから仕方ありません。ところで中へは?」


「行ってないよ。昨日は怖くて」


 そう。昨夜のわたしは扉の先へは行かなかった。


 あの少女は、今の高砂さんが浮かべているような聖母か聖女かあるいは熾天使セラフィムのような笑みで、わたしに手を差し出した。


 膝をつき、お姫さまを相手にするみたいにおごそかに。


 その手をわたしは取らなかった。取れなかったんだ。


 少女の脇を走り抜け、ただ前だけを見て廊下を駆けた。振り返れば怨霊おんりょうになったあの子がわたしを追いかけてくる気がしたんだ。


 でも、追いかけられることはなく、無事にベッドへ潜りこむことができた。そうして毛布を深々かぶって眠ったら、あの少女に名前まで一緒の女子生徒がペアになっていたというわけ。


 関係ないと思う方がおかしくない?


「それが関係ないのだから困ってしまいます」


「ホントかなあ」


「ええ。私そっくりなその存在が、私たちの関係に亀裂きれつをもたらそうとしているのですよ。七不思議にもあるではありませんか。『夜の校舎にはあの世へ連れていく生徒がいる』と」


「そんなのあるんだ……」


 知らないのですか、と高砂さんの目が丸くなる。ミステリアスな印象の彼女がやるにはちょっとキュートすぎる仕草だ。妹がよくやってたけど、高砂さんがやるとちっとも似合ってない。


「どうやら迷宮の入り口に違いないようですが」


 などと言いつつ、高砂さんは光へと近づいていく。


 扉に手をかけ、ためらうことなく開く。


 どこからやってきているのかもわからない白い光が強さを増し、照らされた高砂さんは神々しく照らされている。


 その口元が弧を描いた。


「行きましょう。この先に行けば、何でも願いが叶うらしいですよ」


「……七不思議が本当ならね」


「現に摩訶まか不思議な入り口が存在しているではありませんか」


「それが迷宮に繋がっているという保証はないよ。地獄への道かもしれないし」


「でも、妹さんのことはどうするのですか?」


 妹。


 そうだ、わたしは妹がなぜ消えてしまったのか、どこへ行ったのかを知るために迷宮へ行こうとしてたんだ。


「私がサポートしますから安心してください」


「それはペアだから?」


「勿論」


 あいかわらずその言葉は信じられなかったけれど、誰かが一緒にいるというのは心強くもあった。


 わたしは光の先を見据える。太陽よりかは柔らかい白色光の向こうには、何も見えない。


 迷宮なんて本当にあるんだろうか。


「行かないのですか」


 からかうような高砂さんの言葉に、体が熱を帯びる。


 なぜそこまでして、この人は迷宮へと入らせたいんだろう。


 そんな疑問がちらりと横切ったものの、深くは考えなかった。


 一歩、足を踏み出す。


 そこに床はなく、わたしは光の中へ落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る