第5話 “正解”より“いい感じ”を選んだ日
地下鉄の窓に、うっすら映った自分を見て、今日は、この服にしてよかったかもとひとり軽く頷く。
鏡の前で、少し迷った。
年齢的にどうかな、とか、体型が気になるな、とか。
つい、日頃のクセで“正しさ”のチェックを始めかけて、止めた。
その日はなぜか、思考が正しさだけで動かなかった。
ーー今の気分なら、これだ。
そう思って手に取った、華やかなワンピース。
“無難”よりも、ちょっとだけ冒険した柄に色。
着た瞬間、自分の中で何かがふわっと軽くなって、明るい気持ちになった。
その軽さは、地下鉄の中でもまだ続いていた。
“似合ってるか”より“なんかいい感じ”で決めた服が、こんなにも気分を上げてくれたことが、少し驚きだった。
用事の帰りに立ち寄ったカフェ。
ガラスケースの中で、きらきら光って見えたのはーフルーツタルトだった。
値段を見て、一度は目をそらす。
シュークリームの方が安いし、予算的には、これじゃない? と心の声が私の気持ちを揺らす。
食べたい。
食べたいけど。
どうしよう。
いやいや!
どうしようもなにも!
今の私が食べたいのは、フルーツタルト。
みかん、キウイ、ブルーベリー、イチゴと色とりどりの果物が乗っている。
カスタードの上に並ぶ明るい色が、食欲も気持ちも私を揺らしている。
「これ、ください」
選んだ後、財布と相談しているのに、馬鹿なことしたと思った。
財布の正解は、シュークリームなんだから。
でも、それよりもずっと大きかったのは、食べたいものを選べたという満足感だった。
気づけば、私はずっと他人の“正解”を選ぶクセがあった。
自分のこれがいい! を数え切れないほど否定されて、これにしなさい、という他人のスタンダードが心に刻まれる。
私の答えより、他人の顔色を見ての正解を選んでしまう。
誰かのこれがいい、は、いつの間にか私の声に代わってしまい、誰かに言われた「こうするべき」が、大人になっても私の中で息づいている。
「その服は年相応?」
「太って見えない?」
「節約のためには、安い方がいい」
私は「好き」より「正しさ」で選ぶことに慣れてしまって、ずっと息苦しかった。
でも今日、服とスイーツを気持ちに従って“いい感じ”の方を選んだ私は、選んだだけで、自分を息苦しさから解放してあげられた。
自分で自分をご機嫌にできた。
息のしやすい選択ができた。
それはきっと、今この瞬間、いい感じという感覚をちゃんと味わえたから。
そして、またこんなふうに選んでみようと思えたことで、少し先の未来が、ちょっとだけ楽しみになった。
ほんのささいな選択かもしれないけれど、ささいな選択で、気持ちが、毎日が、未来が変わる。変わるかもしれない。
今日の私は、“正解”じゃなくて“いい感じ”を選んだことで、
今のこの楽しいと思えることと、未来に対してのワクワクを、手に入れたと思う。
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