第18話 お城の空き地で自給自足⁉︎
その日、私はお茶会用のどくだみを採取するために城内を歩いていた。これから開催予定の「節約茶会」のために、なるべくお金のかからぬ素材を自らの手で調達しておこうと思ったのだ。
城の敷地は広く、手入れの行き届いた庭園や回遊式の池、格式ある石畳の通路など、まさに名門・紀州徳川家にふさわしい風景が広がっている。だが私はあえて、そのような場所には目もくれず、人気のない裏手の方へ足を運んだ。
やがて、ぽっかりと空いた一角に辿り着く。そこは、かつて厩や倉庫でもあったのか、今では用途の定まらぬ空き地となっていた。芝は伸び放題、どくだみやスギナといった雑草が風に揺れ、鳥の姿さえも見えぬ。まさに“放置されし一角”である。
「……もったいないのう、この空間。何にも使われておらぬではないか」
私は草を踏み分け、ゆっくりとその中心へと進んだ。土は柔らかく、足元が沈むような感触がある。しゃがみこんで、そっと手で土をすくい上げてみた。
「ほう、しっとりしておる。重すぎず、軽すぎず。これは……」
(この土なら、畑にすればきっと育つ!)
思考が現代人に戻る。野菜を買わずに自分で育てれば出費は減る。余れば物々交換にも使えるし、種を取れば翌年も栽培可能。なにより――
(食費が浮く!)
私はすぐに行動に移した。その日のうちに、誰に相談するでもなく、自ら鍬を手に畑作りを始めた。草を抜き、地面を掘り返し、畝を立て、石をどけ、整地する。
育てるのは、大根、小松菜、春菊に青ねぎ。どれも育てやすく、味噌汁や煮物に重宝する庶民派野菜たち。もちろん、そこに生えていたどくだみも丁寧に掘り起こし、茶用に確保済みだ。
夢中になって鍬を振るっていると、背後から人の気配がした。
「殿……いったい、何をなさっておられるのですか?」
呆れ顔で立っていたのは久通である。上品な装束の裾を風になびかせながら、土まみれの私をじっと見つめている。
「見てのとおり、菜園づくりじゃ」
私は汗を拭いながら胸を張って答えた。
「はあ……殿自ら畑を……」
「質素倹約の一環じゃ。食は命、余がまず範を示さねばなるまい。上に立つ者が動かずして、何の改革が進もうか!」
その目は真剣そのものであるが、久通は目を伏せ、そっと距離を取った。
(よし、これで野菜代が浮く。冷蔵庫がなくとも採れたては新鮮そのもの。家計にも体にも優しい。完璧ではないか!)
すっかり菜園モードになっていた私は、その夜、苗代に用意した畝を眺めて満足げに頷いた。
しかし翌朝――
「殿、畑に……猫が……」
「ぬっ!?」
駆けつけた先には、昨日整えた畝の上で優雅に昼寝を決め込む一匹の野良猫の姿が。
「よりによってそこか……!」
早くも始まった猫との戦い。その幕開けであるとは、このときの私はまだ知る由もなかった――。
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