第17話 触書の波紋、城と町に走る

大手門の高札場には、朝から異様な熱気が満ちていた。集まったのは家中の武士たち。張り出された一枚の触書を前に、皆がざわめいていた。


「おい、見たか? この“差上金の賦課”って……要するに寄付だろう?」

「しかも“返礼品付き”って……」

「いや、それが問題なんだよ。直筆のお礼状はまだいいとして、“お殿様体験”って何だ?」

「お茶会って、まさか殿にお茶を淹れてもらって菓子をいただくのか?」

「しかもそのお茶がどくだみ茶だって話だぞ……」


嘆息と苦笑が入り混じった空気が漂う。武士たちは皆、触書の内容を反芻していた。寄付という名目での賦課金、そして、質素倹約が進みすぎた殿の“善意の返礼”。どうにも胡散臭い――が、断るわけにもいかない。


「断れぬってことは……」

「名簿がすでに奉行所に回ってるらしいぞ。どうやら、抽選で当たった者が招かれるらしい」


「……最悪だ。運で殿に当たる時代が来るとはな」


一方、城内では家老が青い顔で駆け込んでいた。


「殿、あのお触書は……いったい何でございまする!」


「騒がしいのう。何って、寄付の募集に決まっておろう」


私は涼しい顔で湯呑みに口をつけながら答える。今日は久しぶりに普通のお茶だ。どくだみ茶の試作品は昨日のうちに飲みきった。


「ただ金を出せと言っても、皆の気分が悪かろう? だからこそ、工夫したのじゃ。寄付に見返りがあれば、心も動く。そう思わぬか?」


「……見返りが、“お殿様体験”ですか」


「うむ。良い考えであろう?」


家老はしばし言葉を失った。手に握った書状は、しっとりと汗を吸い、くしゃりと歪んでいた。思案した末、言葉を選びながら口を開く。


「……良い考えではありませぬ。何ですか“お殿様体験”とは。殿、自らが付き人となるとは……」


「気分よく寄付をしてもらうための、ちょっとした工夫じゃ。なに、皆に迷惑はかけぬ。準備も接待も、すべて余が一人で行うつもりじゃ」


「……まさかとは思いますが、もう申込書まで……」


「うむ。筆で書いた。“殿と笑顔で並ぶ姿”の絵も添えておいたのじゃ。目を引くようにと思うてな」


家老は頭を抱え、遠い目をした。


黙りこくった家老の肩を、久通がぽんと叩く。


「ご家老様、こうなっては殿は止まりませぬ。好きにさせておいた方が平和でございましょう」


「……うむむ」


家老は深いため息をひとつついたのち、肩を落としながら頭を下げた。


「わかりました。もう……お好きなようになされませ」


そう言って去っていく背中には、一抹どころではない、不安の影が色濃く漂っていた。

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