節約主婦、吉宗になる

しずく葉

第1話 転生主婦、吉宗として産声を上げる

スーパーの特売チラシを握りしめて、私は今日も戦場へと向かっていた。

冷凍食品半額、生鮮品は午前中限り。これは逃せない。

自転車を猛スピードで走らせながら、脳内では「冷蔵庫の在庫」と「今週の献立」をフル回転でシミュレーション中。


――の、はずだった。


急ブレーキの音。

強い衝撃。

痛み、というよりも意識が――すうっと……。

 



……く、苦しい。

なにこれ。息が……できない……。


身をよじるような圧迫感。まるで絞り出されるように、体がどこか狭いトンネルを通っている。

痛みというより、圧迫。焦燥。恐怖。


そして――ズルンッという感覚とともに、世界が一変した。


「おぎゃああああ!」


え、え、え!? 私、今、泣いた!? なに!? なんで!?

息が吸える。けど寒い!眩しい!光がまぶしい!


「おもんの方様、元気な男子にございまする!」


お、おもんの方様……ってなに!? 誰? ここどこ!?

なんかめっちゃ時代劇な言い回ししてない!? 江戸? 江戸なの??




数日後、ふわっと毛布に包まれたまま、私はどこかへ運ばれていった。

木の匂い。地面の気配。どこ? どこ行くの?


すると、ひそひそとした声が聞こえてきた。


「……城内の松のそばに……」

「……政直様が拾われる段取りに……」


(えっ、なんか物騒なこと言ってない!?)


まさか、私……捨てられるの!?

いやいやいや、ちょっと待ってよ!? 本当にここに置いてっちゃうの!?

ていうか、ここまだお城の中じゃない!? 大問題になっちゃうよ!?



……しん……とした空気。


足音が近づいて、誰かの腕が私をふわりと持ち上げた。


(え? 拾われた……? って、なにが起きてるのよこれ……!?)




どうやら私は、紀州藩の殿様の子として生まれたらしいが、

父親が高齢の時に産まれた子供は元気に育たないという迷信により城ではなく家老の家で育てられている。


乳母も爺やもいて、世話は至れり尽くせり。

衣もふかふか、お粥も美味しいし、副菜までついてくる。


(なにこれ……めっちゃ勝ち組人生じゃん!?)


転生前の節約生活がウソのよう。

冷凍うどんに親子丼……そんな日々はどこへやら。

これはこれで、アリ。




屋敷の者たちは私のことを「源六様」と呼ぶ。


(源六……? なんか聞いたことあるような……でも、誰だったっけ……?)


今はまだ、自分が将来「徳川吉宗」になるなどとは夢にも思っていない。


贅沢三昧の生活にすっかり馴染んでしまい、節約主婦の意識はどこへやら。




それでも――

やがて私が“藩主”として財政と向き合う日が来たとき、

あの節約魂に、再び火がつくことになる。


そう、この時の私はまだ知らなかった。

自分の節約術が、まさか本当に役に立つなんて。


それまでは――

勝ち組ライフを、存分に堪能するのだった。

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