第12話 メルフィーとの夜
◆共鳴の夜 ― メルフィーの決意◆
旅の二日目、夜。
一行は街道沿いの小さな村にたどり着いた。広場の灯りがぼんやりと道を照らし、石畳に馬車の車輪が軋む音が静かに響く。
宿と呼ぶにはあまりに簡素な木造の建物。けれど中に入れば、炉の火が温かく、どこかほっとする匂いが漂っていた。
「今日はここに泊まります」
ユナが宿主と交渉を済ませ、部屋割りを決めていく。
アルナとユナは二人部屋。商人は馬車の番。残ったのはジュアンドと――
「……わ、私も一人部屋、で、大丈夫ですから」
メルフィーがそう言いかけたときだった。
「部屋、もう一つしか空いてないって。悪いけど、二人で使って」
ユナがさらりと告げ、部屋の鍵をメルフィーの手に押し込んできた。
「えっ、で、でも……」
ジュアンドは動じた様子もなく、落ち着いた声で言った。
「無理に気を使わなくていい。布団を分ければ済む話だ」
「……わかりました」
小さな二階の部屋。窓の外には、星空が広がっていた。
メルフィーは荷物を整え、炉の前に座って、そっと肩をすくめる。
(近すぎる……こんな距離、意識するに決まってるじゃない)
今日一日の戦闘で、二人は確かに《共鳴》を通じて深く繋がった。
彼の意志の強さ。優しさ。戦いの中でもぶれることのない静かな怒りと、守ろうとする信念。そのすべてが、メルフィーの胸を震わせた。
《共鳴》は、ただの情報共有ではない。
心を通わせる魔法だ。だからこそ――彼の本音が、彼女の心を貫いた。
(わたし、たぶん……)
恋をしている。
まだ確信は持てないけれど。触れたい。確かめたい。もっと――深く、彼を知りたい。
◆
風呂から戻ったジュアンドは、髪を軽く拭いながら言った。
「少し寒いな。火、強めていいか?」
「は、はい。あ……その、あの……」
メルフィーは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめ、言葉を選ぶ。
「ジュアンドさん。あの……わたし、さっきから、変ですよね。ずっと、胸がどきどきしてて……。たぶん、共鳴のせいだけじゃなくて……」
彼は静かにメルフィーのほうを見た。
その眼差しに、拒絶も驚きもない。ただ、優しく、真っすぐな光があった。
「……わかるよ。俺も同じだから」
その言葉に、メルフィーの目が大きく見開かれる。
「え……?」
「今日、共鳴を通して、君の想いが伝わった。……強くて、優しくて、誰よりも人を守ろうとしていた。君の声が、ずっと俺の中に響いてた」
ジュアンドは、そっと手を差し出した。
「……触れても、いいか?」
メルフィーは、ためらいながらも頷いた。
「……はい」
指先が触れ合い、次第にその距離が縮まっていく。
火の音だけが響く中、ふたりの手が、頬が、唇が、重なった。
言葉はいらなかった。
気持ちは《共鳴》で繋がっていたから。
◆
布団に入り、身体を寄せ合う。
「……ジュアンドさん」
「呼び捨てでいい。今夜は……ただの旅の仲間じゃなくて、君と俺として、ここにいたい」
「……ジュアンド……」
彼女の声が甘く震え、頬が赤く染まる。
ジュアンドはそっとメルフィーの髪を撫で、唇をもう一度重ねた。
淡く、けれど確かな熱が二人を包む。
服を脱がせ合い、肌が重なるたびに、胸の奥に灯っていた小さな想いが、熱を帯びて溶けていく。
「……好き、です。あなたの心に触れられて、嬉しかった……」
「俺も……君と出会えてよかった。もっと守りたくなった。君の未来も、笑顔も」
メルフィーはその言葉に、静かに涙をこぼした。
――ああ、この人は本当に、強くて優しい。
この腕の中なら、眠ってしまってもいいと思える。
《共鳴》で触れ合った心が、今、愛という形で結ばれようとしていた。
夜は静かに深まり、二人の想いが、互いの体温と共にひとつになっていく。
星明かりが窓から差し込む中で、彼女はただ彼の名を、愛おしげに繰り返した。
◆ジュアンド=フィレンツェ(Lv.8)ステータス更新◆
ステータス項目 値 備考
HP(体力) 290 中級以上のモンスターとの連戦も耐える体力。治癒力も高く、長期戦で真価を発揮する。
MP(魔力) 260 魔力循環がより滑らかに。連続使用・応用スキル発動に余裕ができ、《共鳴》と《感応》の同時維持も可能。
筋力(STR) 27 剣による一撃に重みが増し、打撃・斬撃・防御のバランスが取れた戦闘スタイルを実現。
敏捷(AGI) 24 《瞬地》発動時の移動が、ほぼ目視不能な残像速度に達する。反応速度も極めて高い。
知力(INT) 36 戦況判断・心理戦術の領域において、指揮官としても機能するほどの戦略力を発揮。
精神力(MND) 35 強力な精神干渉にも耐える精神性。《共鳴》の安定性はさらに向上し、戦闘中の感情制御も可能に。
魅力(CHA) 65 圧倒的な人間的魅力。対話するだけで人の心を引き込む「場の支配者」として機能する。魅了効果は王族級。
獲得スキル一覧(Lv.8 時点)
スキル名 説明
偽装 職業や役割、印象を自在に偽装可能。会話中に自然なロールを演出し、敵味方両方を欺く。INT依存。
瞬地(しゅんち) 超高速移動を可能にする短距離転位スキル。連撃や回避、反応行動に使用。AGI依存。
誘惑 対象女性に自然と心を許させる。交渉・恋愛・情報収集に応用可能。CHA依存。
甘言 相手の心理を読み解き、必要な言葉を自然に選ぶ説得スキル。CHA+INTの複合効果。
共鳴 心と心を繋ぎ、相手の想いや本質に触れる。恋愛、共闘、危機的状況で極めて高い信頼性を持つ(CHA+MND)。
**感応(かんのう)**🆕 《共鳴》を支える感覚共有スキル。対象の精神・感情の微細な変化を感じ取り、癒し・調整・判断補助を行う。主にMNDに依存。戦闘・支援・対話すべてに活用可能。
◆気まずさと、照れ笑いと、朝の陽射しと◆
朝――。
村の宿の小さな窓から、薄いカーテン越しに柔らかな光が差し込んでいた。
鳥の声が、遠くから聞こえる。炉の火はすでに落ち、部屋の空気は昨夜の熱を少し残している。
ジュアンドは目を覚ました。
仰向けのまま、天井の木目を見つめていた。
――昨夜のことは、夢じゃない。
隣にある小さな気配。浅く寝息を立てているメルフィーの姿が、確かにそこにあった。
彼女は布団をかぶり、背中をこちらに向けている。きっと、目が覚めていても気づかないふりをしているのだろう。
それはもう、昨夜から何度も感じていた彼女の「照れ」の癖だった。
――どうしようか。
言葉を選ぶ前に、ふとメルフィーが動いた。
彼女の肩が揺れ、小さく咳払いが聞こえた。
「……あ、あの」
「うん」
「……おはようございます」
「おはよう、メルフィー」
それ以上、すぐには言葉が続かなかった。
お互いに顔を向けないまま、しばらく沈黙が流れる。
布団の中の空気が、やけに熱い。
ふたりとも微妙に寝返りのタイミングを探り合っているのが、なんとなく伝わる。
「えっと……その……昨日は……」
メルフィーが口を開いたのは、ようやく体を起こしかけた時だった。
「……あ、ちが、昨日じゃなくて、夜……というか、えっと、昨晩、あの……!」
「落ち着いていいよ」
ジュアンドは軽く笑いながら、自分も身を起こす。
しかし、メルフィーの顔はすでに真っ赤で、頭から布団をかぶってしまった。
「……ふ、不覚です。こんなに顔が熱くなるなんて……!」
「恥じることじゃない。俺も、同じくらい……その、ドキドキしてる」
「……ほんと、ですか?」
布団の中から控えめな声がした。
ジュアンドは、苦笑しながら答えた。
「たぶん、人生で一番、目覚めの緊張してる朝だよ」
「……っ、ふふっ」
布団の中から、くすっとした笑い声が漏れた。
ジュアンドは、彼女が笑ってくれたことに安心した。
◆
顔を洗い、着替えを済ませたあとも、どこかよそよそしさの残る雰囲気は消えなかった。
階下に降りると、宿の主人が「おはよう」と言って簡単な朝食を差し出してくれた。
パンとチーズ、それにハーブ入りのスープ。木の皿に盛られた簡素な食事だが、妙にありがたく感じる。
食卓にはふたりだけ。
メルフィーはパンをちぎりながら、何度も口を開きかけては閉じ、結局黙ってスープを啜った。
ジュアンドも、どう言葉を選ぶか考えていた。
だが、結局そのきっかけは――メルフィーが何気なくこぼした小さな言葉だった。
「……こういうの、はじめてで」
「……うん。俺も」
「……本当に?」
「本当に」
顔を見合わせた瞬間、二人は自然と笑っていた。
昨夜の熱も、今朝の気まずさも、言葉にすることで少しずつ溶けていく。
「……メルフィー」
「はい?」
「後悔は、してないよね?」
彼の問いに、彼女はゆっくり首を振った。
「むしろ、嬉しかったです。わたし……誰かに、あんなふうに大切にされたの、はじめてで……」
ジュアンドは、ふわりとメルフィーの手を取る。
彼女も驚きつつ、その手を包み返した。
「これからの旅は、少しややこしくなるかもしれない。でも、君のそばにいたい。君がよければ」
「……はい。もちろん、です」
照れ笑いの向こうで、彼女は本当に幸せそうに笑っていた。
◆
支度を終え、荷物を背負うころには、いつもの空気に戻っていた。
いや、正確には――少しだけ距離が近くなっていた。
歩くとき、ふと視線が重なれば照れて目をそらす。
しかし、何度目かの視線の交錯で、メルフィーがそっと彼の袖をつまんだ。
「……今日も、隣を歩いていいですか?」
「もちろん。むしろ、隣じゃないと寂しい」
「……もぉ、そういうの、さらっと言うの、ほんとずるいです」
ジュアンドは軽く笑い、彼女の手をとって、指先だけそっと握った。
空は青く、街道には夏草の匂いが漂っている。
少しだけぎこちない恋人たちは、それでも確かに歩き出した。
――気まずさの向こうには、優しさと、新しい一日が待っていた。
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