【第2話】赤いきみ


 スーツを着た男達が目の前に現れる。2人の顔は厳つい。


「あ?なんだ、こいつ」


龍臣りゅうしんの組のもんか?」


 龍臣?みおが不思議そうにすると男2人はニヤついた顔で近寄る。これはまずい……そう思いながらも、足は動かない。


「こんなとこに、きて不運だな」


「高校生とかいいねぇ!先に遊んでいい?」


 手首を掴まれ澪は、これは本物?それとも撮影かなにか?そんな気持ちのまま、不安が募る。もうダメかもとなんでここにきたのかと後悔してしまう。


 ──その時、目の前の男達が横に吹っ飛び、消えた。


「へ?」


 バタンッと敵が崩れ落ちる音が響いた倉庫。


 澪は恐る恐る顔を上げる。そこに立っていたのは、返り血一つない闇夜に映える赤いスーツを身に纏う……御面の人。赤く燃える朱雀の形。

 

 御面のその目と合うと、相手は呆れたような表情でため息を吐き、面を外す。額にかかる茶色の前髪をかきあげると、そこから覗いた緋色の瞳が、この世のものとは思えないほどの美しさを放った。

 ──澪の心臓が、静かに、しかし確かに跳ねる。

 

 

「何してんのおまえ」


「え?」


「いや、ふつうにこんなとこノコノコくんなよな」


「はぁ……それは、すみません?」


 相手の男の子は眉間にしわを寄せ、じろりと澪を見下ろす。その瞳は険しい。

 

「なに女子高生がこんなとこ来てんだよ。脳ミソ、煮えてんのか?」


 静かにそう呟きながら、ポケットからハンカチを出して手を拭く。まるで今の出来事が、ただのゴミ掃除だったかのように。


「ありがとうございます……?えぇと?あなたも悪い人です??」


 澪の礼に、相手は目を細める。


「礼は要らねぇ。てか、そもそも助ける気なんか……なかった。目障りだっただけだ」


 しかしその声音には、ほんの僅かに「安心した」とも取れる色が混じっていた。


「俺が悪いかどうかなんて、おまえの尺度で決めろよ。ただし──」


 澪のすぐ目の前まで歩み寄る。背はそう変わらないのに、威圧感だけで圧倒するような気配。


「次、こんなとこ来たら、ぶっ潰す。誰に何されても文句言えない。……わかったか? 」


 澪の肩にポンと手を置くと、くるりと背を向けて去っていく。赤いスーツの背中が、薄暗い倉庫の出口へと消えていくその姿を、澪はきっと忘れられなくなる。


 ぼんやり眺めていると、ズン、ズンと近づく複数の足音。鉄パイプを手にした男たちの影が、倉庫の入り口に揺れる。


 澪はその場で凍りついていた。頭では逃げなきゃと思っても、身体は金縛りに遭ったように動かない。


 その時だった。


「……ったく、マジで面倒くせぇな!」


 出口へと向かっていた彼が苛立ったように舌打ちし、踵を返した。次の瞬間、彼の手が澪の前に差し出された。


 澪は現状が読めずにいるからか、脳がすぐに反応しない。


「ほら、行くぞ」


「……え」


「あーもう……ほら!」


 手を掴まれ、立たされ、澪は一気に相手と距離が近づく。吸い込まれるようなその瞳。なんだかドキッとしてしまい、でもそんな暇もなく走り出す。


「グズグズすんな!」


「えっ、えっ、ちょっ……!?」


 混乱の声を上げる暇もなく、相手はしっかりと澪の手首を握っていた。その力強さが、不思議と怖くはなかった。怖いのは──この背中が離れてしまうことだった。


 

「後ろ見んな! ついて来い、バカ!」

 

 手を引く力が、強い。でも怖くない。

 息を切らしながら、澪はただただ、その背中だけを見て走った。

 古びた非常口が、目の前に迫る。


 背後で怒声と足音が迫る中──澪はようやく、かすかに笑った。


 ……この人、悪い人じゃないかもって、ちょっとだけ、思えた。


 目の前のこの光景が、なんだか現実的ではなくて。澪は繋がれるその手をぎゅっと握り直した。



 


「とりあえず、ここまでくればいいだろ」

 


 未だ倉庫が立ち並ぶその隙間で敵から身を隠し、相手が周りを警戒する傍ら、澪はどうしたもんかと悩み続けた。これはあれか?ガチなのか?それともこれだけできすぎてるから、やはり映画の撮影かなにかか?と。


 そんな呑気なことを思っていると、目の前に落ちているものが視界に入る。澪はそれを拾いあげて、おおーっと感嘆の声を漏らした。


「これ、よおくできてますねぇ、本物みたい」


 ──ガチャ バァンっ!

 

 次の瞬間、天井に向けて盛大な音と共に火花を散らした。


 耳をつんざく銃声。倉庫の壁に反響して、辺りの空気が一瞬にして凍りついた。


「…………は?」


 共にい相手は何が起きたという、理解し難い衝撃を受ける。


「……え? これ、本物……?」

 

 澪は一瞬固まる。そんな澪に思わず目を丸くして、声を荒げる相手。


 「当たり前だ、ばか!」


 澪の手には拳銃が握られていた。まさか弾が出るとは思わず澪は慌てる相手を前にして、少し興奮気味に叫ぶ。

 

「わ、わーお……ロマンですね!?」

 

「ふざけんな!!」


 澪の目はまるで、遊園地にでも来たかのようにキラキラと輝いていた。だがそれは、相手にとってはもはや悪夢。


「おいおまえ!いい加減にしろよ!何してんだ!!」


 相手が一歩踏み出したその瞬間──背後で敵の怒声があがる。


「てめぇらぁ! ここにいやがったかッ!」


 澪の音が相手に届いたのだろう。いくつもの足音と声が近づいてくるのがわかった。


 もう隠れてる意味なんかない。バレた。全部、この女のせいで。そう怒りに似たものが相手は沸き上がる。


「チッ……!!」

 

 相手は舌打ちをすると、澪へと向き直り真剣な目で問いかける。


「おまえなぁ……いいか、俺は女に手はあげない主義なんだが」


 ぎゅっと澪の腕を掴んで、引き寄せる。


「その主義、今日で変わるかもな?」


「え、ええー?なんでです?まさか本物だなんて思わなかっただけでしょ?そこに拳銃があれば、バンってしたくなる……ロマンでは?」


「だからって引き金引くなアホ!!!!」


 背後から足音が迫る。相手は再び澪の手を取ると、腰の拳銃を片手に抜き、目を細めた。


「──いいか、次に何か拾ったら、俺に見せてからにしろ」


「それはいいんですけど、近づいてますよ?あちらの方々」


「知ってるッ!!」


 走りながら、澪は思った。

 どうしてだろう、この人の背中が──すごく、安心する。

 今夜のこと、ぜったいに忘れられない。

 


 こうして、彼の「史上最悪の拾い物」──澪との逃亡劇は始まった。


 



────




 ──風じゃない。嵐を、拾ってしまったんだ。


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