第6話 無難にやり過ごす自分と友達

(ミコト視点)

『アコウの目がちょっとマジだった日』

 朝の教室は、眠気と雑音でできている。

 ミコトはいつもの席に座って、教科書を出して、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 特別なことなんて何もない。ただ、今日も“続き”がやってくるだけだと思っていた。

 ……そのはずだった。

 

 アコウが教室に入ってきたとき、

 なんとなく、わかる。

(あれ? ちょっと違う)

 髪の乱れ? 違う。

 服の着崩れ具合? いつも通り。

 でも、目だけが――少しだけ、真っ直ぐだった。

 

「またゲームやって寝不足でしょ~?」

 誰かがそう茶化す。

 アコウも、いつも通りに笑って返す。

(……ほんとはたぶん、ちょっと違うこと考えてる)

 ミコトは、そういうのに敏感だった。

 他人の“ちょっとしたズレ”とか、“本当のことを言ってない空気”とか。

 自分が、よくそうやって生きてるから。

 

 ミコト自身には、夢とか目標とか、あんまりよく分からなかった。

 それっぽいことは言えるけど、本心じゃない。

「なんかやりたいこととかあるの?」

 そう聞かれたときに、適当に答える“スキル”だけは高い。

 “留学”とか、“メイクの仕事”とか、“イベントやってみたい”とか。

 言ってるうちに自分でも混乱してくる。

 

 だから、アコウのことを少しうらやましいと思った。

 なにかに迷ってる目だったから。

 迷えるってことは、選ぼうとしてるってことだ。

(……なーんて、言ったら引かれるな)

 

 ふと後ろを見たら、アコウが机の中を覗きこんでいた。

(なにあれ、ノート……?)

 少しだけ、緊張してる顔。

 なんか、そういうの、見せないようにしてたのに。

 今日はちょっと、出てる。

 

「アコウ、最近なんか……変わった?」

 声をかけた自分にも驚いた。

 でも、それに対するアコウの反応は――予想外に間抜けだった。

「へっ?」

「なんか、目がちょっとマジっていうか、前よりギラついてる」

「マジって何!? 怖い!アイライン濃すぎただけじゃない!?」

 

 笑い合って、終わる会話。

 でも、たぶん、何かが少しだけ動いた気がした。

 

(あたしも、なんか変われるのかな)

 そんなことを考えて、すぐに打ち消した。

(いやいやいや、面倒くさ。そういうの、他人に任せとこ)

 

 でも――

 その時、ほんの一瞬だけ。

 アコウの机の中から、落書きが描かれた紙の端が見えた気がした。

(……マンガ?)

 胸の奥で、ちょっとだけ懐かしいものが、チクリと動いた。

 

 その正体が何かは、まだミコト自身も知らなかった。

 でもそれは、彼女が次の層「怒り」に足を踏み入れる、最初の予兆だった。


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