第28話 共鳴のホルンと、解放される魂
アキラの手が、玉座に置かれた『共鳴のホルン』に触れた。
ひんやりとした、象牙のような感触。だが、その内側からは、まるで生きているかのように、温かな魔力が、かすかに脈打っているのが伝わってくる。
女王ライラの亡霊は、安堵と、千年分の感謝を込めた、穏やかな表情で三人のことを見守っていた。
『それをお持ちなさい。そして、どうか、我らのような悲劇を、二度と繰り返さぬために、その力をお使いください…』
女王の言葉に、アキラは力強く頷いた。
だが、三人が遺跡を後にしようとした時、タカシが立ち止まった。
「…なあ。オレたちがこの角笛を持ってっちまったら、女王様や、この島にいる他の人たちの魂は、どうなっちまうんだ?」
タカシの、素朴で、しかし、心の芯を捉えた疑問だった。
ヒトミが、悲しそうに首を横に振る。
「…この島の霧は、呪いそのもの。私たちが去っても、この霧が晴れない限り、女王様たちの魂は、永遠にこの島に縛られたままでしょう」
「そんなの、あんまりじゃねえか!」タカシが叫ぶ。「せっかく、オレたちのこと認めてくれたのに! なんとかしてやれねえのかよ!」
その時、アキラは、手にした角笛と、タカシの顔を、じっと見比べていた。
そして、閃いた。
(――『サイレントな魂に声を届け、荒れ狂う心の嵐を、鎮める』…)
女王の言葉が、頭の中でリフレインする。
(そうだ。この角笛は、ただのアイテムじゃない。使い手の『魂』を増幅させて、音に変える、特殊なスピーカーなんだ。だったら…)
アキラは、決意した顔で言った。
「…試してみる価値は、あるぜ」
三人は、王城の残骸の中で、最も高い場所――崩れかけた鐘楼の頂上へと登った。
そこからは、呪いの霧に覆われた、島全体が見渡せる。
「いいか、タカシ」アキラが、真剣な顔でホルンをタカシに手渡す。「この角笛を吹くのは、お前だ」
「えっ、オレ!? 無理だよ、楽器なんてやったことねえし!」
「これは、楽器じゃない。お前の『心』を音に変える道具だ。お前みたいに、真っ直ぐで、バカみたいに熱い魂が、一番、デカい音を出せるはずなんだ」
アキラの言葉に、ヒトミも頷く。
「ええ。あなたの、その純粋な『仲間を助けたい』という気持ち。それが、きっと、この島の魂に届くわ」
タカシは、ゴクリと唾を飲んだ。そして、二人の仲間と、眼下で静かに佇む女王の亡霊の姿を見て、覚悟を決めた。
「…難しいことは、考えなくていいんだよな?」
「ああ」とアキラは笑った。「闘技会で勝った時の、最高の気分。ローデリアを救った時の、嬉しい気持ち。それを、全部、この角笛にぶつけろ!」
「分かった!」
タカシは、ホルンのマウスピースに、そっと口をつけた。ヒトミが、そのホルンに優しく手を添え、タカシの想いを増幅させるために、自らの魔力を流し込む。
そして、タカシは、ありったけの想いを込めて、息を吹き込んだ。
――ポオオオオオオオオオ……
鳴り響いたのは、ただの角笛の音ではなかった。
それは、暖かく、力強く、そして、どこまでも優しい、光の音だった。
タカシの「仲間を想う心」が、ヒトミの「慈愛の魔力」と、アキラの「未来への希望」と共鳴し、奇跡の音色となって、島全体へと広がっていく。
その瞬間、島を覆っていた、千年の呪いの霧が、内側から、黄金色の光を放ち始めた。
霧の中からは、今まで見えなかった、半透明の、無数の人々の魂が姿を現す。彼らは、苦しみの表情ではなく、穏やかな、安らかな顔で、空から降り注ぐ光の音に、耳を澄ましていた。
そして、一人、また一人と、満足そうな笑みを浮かべ、光の粒子となって、空へと昇っていく。
女王ライラが、アキラたちの目の前で、涙を流しながら微笑んでいた。
『…ありがとう、勇者たちよ。我らの魂は、今、ようやく、解放されます…』
その言葉を最後に、女王の姿もまた、無数の光の粒となり、千年ぶりに、その呪縛から解き放たれていった。
やがて、全ての霧が晴れ渡り、朝日が、島の、瑞々しく、美しい本当の姿を照らし出した。
三人は、そのあまりに幻想的な光景を、言葉もなく見つめていた。
自分たちは、また一つ、この世界で、とてつもなく大きなことを成し遂げたのだ。
アキラは、魔法のコンパスを取り出した。『共鳴のホルン』を手に入れたことで、コンパスの光の針は、また一つ、新たな方角を指し示していた。
「次なる神器の座標ね…」ヒトミが、その方角を読み解く。「今度は、全く違う大陸…機械仕掛けの街、『ニョームガルデ』を指しているわ」
「機械の街!? ロボットとかいるのか!?」タカシが、目を輝かせる。
アキラは、仲間たちの顔を見て、にっと笑った。
神との戦いは、まだ始まったばかりだ。だが、今の自分たちなら、どんな盤面だって、ひっくり返せる気がした。
「よし、行こうぜ! 次のステージは、からくり仕掛けの街。どんな面白いコンボが待ってるか、楽しみだ!」
二つの神器を手に、三人の勇者の心は、次なる冒険への、新たな希望で、満ちあふれていた。
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