第3話 4章:曇り時々雨

昼時を過ぎたファミレスは、すっかり客足も途絶えていた。

冷房の効いた空間に、大きな窓から陽射しが差し込む。

テーブルを斜めに照らす光の加減が、どこか眠気を誘った。


目の前にいるのは――凛ちゃん。

オフィスカジュアルなジャケットにパンツスーツ。

仕事帰り……なのか?

だが、それだけじゃ片付かない。

少し濃いめの化粧に、甘い香水。

昨日は確か、喪服だった。

年齢不詳というか、コスプレみたいなちぐはぐさ。

滑稽で、だけど、目が離せなかった。


だが、彼女は俺がどれだけ見ても、こちらを気にする素振りさえない。

視線を上げもせず、黙々とノートに文字を書き続けている。

ペン先の動きだけがやけに忙しくて、他は静止画みたいだった。


「観測」――そう言っていた。

「俺とのお付き合い」を研究対象にするんだと。

だけど、会話はほとんど続かない。


彼女が何かを質問する。

俺が答える。

その瞬間だけペンが止まり、すぐにまたノートへと走る音。

会話というより、尋問に近い。


これで「デート」と呼べるのか?

かれこれ二時間、この調子だ。

さすがに、飽きてきた。


最初は面白がってたんだ。

変わった子だ、普通じゃない。

そんなところに、惹かれた。

でも――これは退屈だ。


人間として見られているのか。

それともただの観察対象か。

頬杖をついて、テーブル越しに彼女を眺める。

真面目くさった顔で、必死にペンを走らせる姿が、少し可笑しかった。

でも、放っておくには根気が要る相手だ。


ずっとこっちを記録してるんだから、たまにはこっちからも聞いてみていいだろ。

「付き合ってる」って設定なら、会話くらいは成立させたい。


「なあ、凛ちゃん。

君は母子家庭だったよな。お父さんは今、何してるの?」


言った瞬間、ああ、やっちまったなと自覚した。

最悪だ。

母親の葬式の翌日に、こんな質問。

普通の相手なら、俺だってもう少し言葉を選ぶ。

でも――彼女は普通じゃない。

ペンを走らせるその手つきは、俺を「人間」じゃなく「対象」として見るものだった。

その異常さが、どこまで通用するのか。

知りたかった。

試したかった。

……自分の失礼さを棚に上げて、好奇心だけで踏み込む。

最低だ。

それでも、顔だけは平然を装った。

気付かないフリは、もう癖だ。


「父、ですか」

ノートから顔を上げないまま、短く返事をする声。

こちらを見る気は最初からない。

ペンの動きが止まったのは、答える瞬間だけだった。


「父は、別の家庭を維持しています」

間が空いた。

意味を飲み込むのに時間がかかった。


「え……どういうこと?」


さすがに問い返した声が、自分でも間抜けに聞こえた。


「母は既婚男性との関係によって私を妊娠しました。

しかし、相手の妻に発覚したため、父は婚姻関係の維持を優先し、母との関係を解消しました。」


ノートを見つめたまま、抑揚のない声。

ペンの先でページを軽く叩くようにして、続きを書き足す。


「現在把握している父に関する情報は、『別の家庭を維持している』という事実のみです」


まるで、今日の天気の話でもするみたいだった。

「曇り時々雨です」くらいの無感情さ。


頭がくらくらした。

何を言われたのか、すぐには整理できない。

理解しようとすればするほど、頭が痛くなる。

父親は既婚者。

母親は浮気相手。

自分はその子ども。

そして、その母親は昨日死んだばかりだ。

胸の奥がずしりと沈む。

想像しただけで吐き気がした。

いや、正直言うと酒が飲みたくなった。

でも、一番きつかったのは――

そんな話をあんなにも平然とした声で言ってのける、彼女の異常さだった。

本当に、こんな人間がいるのか。

まぶたの裏が熱くなるのを、俺はごまかすようにして、窓の外へ視線を逸らした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る