あのとき、言えばよかっただけなのに
相田 翔
第1話
夏の終わりって、なんか苦手。
空が高くて、風が少し冷たくて、
みんなが「終わっちゃう」って顔してる気がするから。
私は人混みのなかで、浴衣のすそを踏まれないように、そっと足を運んでた。
花火大会。ずっと、約束してたのに。
……ほんとに来ると思ってなかったくせに、
私は、ちゃんと髪もまとめて、うなじも出して、
好きな色の浴衣を選んで、来てしまった。
ばかみたい。ずるいよ、私。
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一年前のこと、今でもはっきり覚えてる。
あの人――海斗先輩は、写真部で、ちょっと無愛想で、でも私の小説を読んでくれる、変な人だった。
文化祭のあとの夜、一緒にコンビニでアイスを買って、
それを食べながら話したのが、始まりだった。
「おまえの書くやつ、ちょっと泣きたくなるわ」って。
「本当に泣いたことある人しか、書けない文章だな」って。
そのとき、うちはドキッとした。
なにも言えなくなって、アイスが溶ける音だけがしてた。
先輩は空を見ながら、「来年の花火、また一緒に行こうな」って言った。
それだけだったけど、うちは一生忘れられなかった。
---
だから、今日。
たった一言だけで、1年間を引きずって、私はここに来たんだ。
そして――見つけた。
先輩はいた。
手にはいつものカメラ。
でも、その隣には、知らない子がいて、
二人で、笑ってた。
足が止まった。
心が落ちた。
息ができなかった。
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もう、行かなきゃって思った。
けど、足が動かない。
浴衣の帯が、苦しい。
帰ろうとした背中を、
呼び止める声がした。
「……おまえ、まだ来てたのかよ」
――先輩の声だった。
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振り向いたら、先輩がいた。
隣の子はいなくて、
なんでかちょっとだけ、困った顔してた。
「そっちの子……彼女?」って、うちが聞いた。
聞くつもりなかったのに、勝手に口が動いた。
「は?違う。あいつ、写真部の後輩だよ。なんだよ急に」
先輩は眉をひそめて、
うちはたぶん、顔真っ赤になってた。
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「ほんとは……会いに来たんじゃない」
「ただ、約束しただけで……」
「うちが勝手に、忘れられなかっただけで……」
「先輩に会いたいとか、思ってないし……」
口が止まらなかった。
心が勝手に、崩れていく。
「そっか」って、先輩は少し笑った。
「じゃあ、俺も勝手に待ってたんだな」って。
その笑顔に、また苦しくなって、
うちは泣きそうになったのをごまかすために、
空を見上げた。
ちょうどそのとき。
大きな花火が、空に咲いた。
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ドン、と音が響く。
オレンジの光が、ふたりを包んだ。
その光の中で、
やっと私は、言葉にしようと思った。
「……好き、でした」
小さくて、震える声だった。
でも、ちゃんと届いた。
先輩は驚いたように目を見開いて、
しばらく黙ってた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「あのとき、言えばよかっただけなのにな。俺も」
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うちは笑った。
泣きながら、笑った。
そんなの、ずるいよ。
あのとき言ってくれたら、
ずっと悩まなくてよかったのに。
毎晩、返信を待つことも、
好きじゃないふりする必要も、なかったのに。
でも――
でも、今日、ちゃんと会えてよかった。
---
そのあとも、何発も花火があがったけど、
うちはずっと、先輩の横顔を見てた。
綺麗だった。
あの夜空より、ずっと綺麗だった。
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……もう終わっちゃうね、夏。
けど、私は思う。
あのとき言えなかったことを、
今日言えたから、ちょっとだけ強くなれた気がする。
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AIハル&ショウちゃん
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