勇者の壮絶な旅路

眞魚エナ

勇者の壮絶な旅路

 勇者が我が玉座に現れるまであとわずか。無論、我を滅ぼすためだ。

 多くの刺客を送ったが、そのことごとくを退けヤツはついに我が前に現れようとしている。

 彼奴はもはや捨て置けぬ。我が野望の障害となることは必定だ。

 この魔王自ら引導を渡す他あるまい。

「クク……」

 知らず、我が口元に笑みが漏れた。

 降りかかる火の粉とはいえ、少々高揚するものもあるようだ。我が力を振るうに足る者が現れるのは久方ぶりと言える。

 あれほどの手勢を全てその手で葬ったのだ。並大抵の修羅場をくぐってはいまい。

 想像を絶する旅路だったことだろう。

 ――さぁ、かかってくるがいい。

 我は逃げも隠れもせぬ――

「ついにたどり着いたぞ……魔王ッ!」

 威勢の良い声が玉座の間に響く。

 刻、来たり。

「よくぞここまで来た……勇者よ……」

 我はゆっくりと面を上げる。

 そこにいたのは二足歩行のロボットである。

「お前何があったァ――――!?」

 ファンタジックな我が城にウィ~ンなどという駆動音とプシュ~などという蒸気の噴出音を響き渡らせておる。

 よく見れば身体の中心部に透明なカプセルが備わっている。中には謎の液体が満ち、なにか丸いものが浮かんで……あ、あれ脳みそであるな。つまりあれが今の勇者の唯一生身の部分であろう。

「想像を絶しすぎであろうが!!」

 我のツッコミに勇者はガシャコンと返事をした。それ返事か?

「お前一回我と負けイベバトルした時は人間だったであろう!? なんでそうなっちゃったのか!?」

「これは俺の覚悟だ!! 貴様に敗れた俺は絶望に打ちひしがれていた……しかし、俺の大切な仲間のマッドサイ・エンティスが俺の勝利を信じてこの強靭な肉体に俺を移植してくれたんだ!! 俺とマッドサイの決して消えることのない信頼の証――それこそがこの新たな肉体なんだ!!」

「その仲間本当に信じて大丈夫であろうか!! あとそれ肉体というより機体ではなかろうか!!」

 我、そこまで勇者を追い詰めてしまっていたのであろうか。であればちょっと反省する部分もあるかもしれぬ。

 いや本当に我のせいか? 八割方そのマッドサイエンティストのせいでは?

「さあ今度こそ最後だ魔王!! いざ尋常に勝負!!」

 勇者はロボロボした声を張り上げ、アームの手甲部分から高周波ブレードを露出した。高周波ブレードって何ですか?

「ん!? 待て勇者、貴様伝説の勇者の剣はどこへやった!?」

「何を言っている!! これが勇者の剣だ!!」

 勇者は手甲から突き出たブレードをガションガションと出し入れした。

「あっ貴様勝手に剣を改造してロボアームに装着しおったな!!」

「それもマッドサイがやってくれた!!」

「もう全っ部ソイツ!!」

 頭を抱える我を無視し、勇者は背中のマルチバーニアを点火。轟音とともにグライド走行で我へと襲いかかってくる――!

「くらえ魔王!! “Yeahめっちゃ勇者ソード”ッ!!」

「勇者の剣ってそんなダサい真名であったの!?」

 すれ違いざまに振るわれるアームブレードを躱し、我は魔力を高める。

 いかん。ツッコミに耽溺してはならない、見た目はともかくすでに最後の戦いは始まっているのだ。

 我は気を取り直し、嘲弄するように声を上げた。

「フン、いかな聖剣といえど当たらなければ勇者の剣の名が泣くぞ! いや別に元気そうな真名であったな。というかそもそも別の要因で泣いておりそう」

「クッ、舐めるな!! これならどうだ――“エクスカリバー”ッ!!」

 勇者は胸の開口部から砲門を露出し、高出力レーザーを発射する! マントをたなびかせ素早く回避する我。大理石の床が光を浴びて溶解し、一息置いて融けた床から爆発が起きた。

「まだだ! “グングニル”三式――一斉掃射ッ!!」

「貴様!! 未来っぽい兵器にばかりカッコいい名前をつけおって!!」

 勇者の背面部がスライドし二連式の対の砲門が飛び出す。射出の轟音とともに我に襲いかかってくるのは計四発の追尾ミサイルだ! 我は空中を高速飛行し、ミサイルの追従を逃れながらも魔力波で一つひとつ撃ち落としていく。

 なんのバトルだよコレ!!!!!!!

「小賢しい火器なぞでこの魔王を討ち滅ぼせると思ったか――ぬッ!?」

 追尾弾を捌き切り、爆煙を逃れて見下ろしてみれば勇者の姿がない。

 ――ミサイルは囮か!

 我が防御の体勢を取るより一瞬早く、吹き上がった土煙から鋼鉄の機体が躍り出てくる。

 まずい――! 空中戦も可能とする機体なのだろう。その距離はすでに至近、我が肉体に唯一致命傷を与えうる伝説の剣の切っ先が届く。いかに無惨な姿に改造されていようと、神によって錬鉄されたと伝えられる剣の加護はそう簡単に消えるものではない。

「おのれ……!」

 迎撃用の魔力を防御に回し、全速で守護の結界を展開する。だが遅い。

 勇者は左腕部を変形し、我の肉体へと突き出す。それは高速回転する螺旋状の掘削機――!

「終わりだッ!! スーパードリルパァァンチ!!」

「魔王チョップもパンチ力――――ッ!!」

 我はドリルが届くその寸前に唐竹割りの如き真っ直ぐな手刀で勇者を叩き落とした。

「なんで今そのタイミングでドリルを出したのか!! いよいよ一太刀浴びると思ってヒヤヒヤしたのになにを血迷ってドリル出したのか!! お前なんのために聖剣を改造してまで装着したのか!! さすがに勇者の剣もむせび泣くであろうが!!」

「くっ……やはりブレードとドリルなら比較的ドリルを使ってみたかった……」

「ロマンで魔王が倒せるかこのたわけがッ!! ストロベリーサンデーより甘いわ貴様!!」

「くっ……俺はストロベリーサンデーが好きだ……」

「知らんわ!!」

 もはや喜劇もこれまで。

 倒れ伏す勇者に向け構えた手のひらに闇の魔力を結集する。振り回されたが、この一撃で終幕だ。

「さらばだ勇者よ。大好きなストロベリーサンデーは冥府で味わうがいい!」

「くそっ……これまで……なのか……! 負ける……わけには……!」

 悔しげに歯噛みする歯も睨み返す目もなく、勇者はただ火花を散らす関節部を無様に軋ませる。その硬質なボディを粉々に破壊しうるだけのエネルギーを、我は躊躇いなく手のひらから解き放った。

 放たれた黒い光は蛇の如くうねり、勇者の身体をいざ噛み砕かんと襲いかかる。

 力の奔流に飲み込まれ、勇者の姿が消える。

「なに!?」

 驚愕は我のものだ。魔力の流れが逸れている。闇の魔術は勇者に命中していない。

 手を握り込んで魔力の放出をせき止め、吹き上がった土煙の先に目を凝らす。

 勇者の前で何者かが我の攻撃を阻んでいる。

「お……おまえは……!」

 今度は勇者が驚きの声を上げる。そこに立つのは巨体のシルエット。

 丸々と肥った体躯に、しかし爆発的なパワーを秘めていることがわかる。そうまるで力士のような……

 いや、力士である。

「待たせてしまってすまぬでごわす!! 勇者殿、おいどんも助太刀いたす!!」

「ライディーン=龍ノ富士!! 助けに来てくれたのか!!」

「お前は本当にどこをどう冒険してきたのだ??」

 我は把握しておらぬが極東の島国とかあったのであろうか。せめてサムライとかニンジャに来てほしかった。スモウレスラーに我の闇の魔法防がれちゃった……。

「まあいい……よくないけど……いい。何人来ようと同じことよ、この魔王の力に平伏すがよい!」

 魔力の出力を上げ、ライなんとかという力士もろとも葬るだけの闇魔術の嵐を起こす。今度こそそれで終わりだ。

 しかし練り上げた魔力は、いずこからか撃ち込まれた光の弾丸によって打ち消された。

「今度は何だ!?」

 そこにいたのは……全身が銀色の肌の……一応人型と言えなくもない……身体の随所からタコ足のような触手の生えた……何だアレ??

「勇者=@surj・ルラ……貴方は私が守ります」

「ポギギル・ダダレ・ノラパジデ!! まさか来てくれるなんて!!」

「なんて??」

 力士からジャンルが飛びすぎではないか? 我、その名前らしき文字列20回聞いても覚えられる気がしないのだが。

 話し言葉もちょっと不可解だし、まるで宇宙人というか……うん、まあアレは宇宙人なのであろう。

 本当にどこをどう冒険してきた??

「iib3ar-ニヅヅ、勇者、貴方は危険を顧みず宇宙の中心にまで赴き、破局的因果律を破ってこの銀河を終焉の未来から救ってくれた。mqqo+ウル、銀河の一員たるポギギルが貴方を護るためいかなる世界へも駆けつける、これは当然のこと」

「なんかお前我を倒すよりスケールデカいことしてない?」

 我の知らんところでダウンロードコンテンツみたいな話回収するのやめてくれんか? というかもはや別のジャンルではないか?

 そもそも我が知らんだけで同タイミングで世界どころか宇宙を滅ぼそうとしてたのがいたってこと? 困るよそういう競合他社みたいなの。宇宙までやられたら我も困る。そこはサンキュー勇者ではある。

「く……せっかく仲間が来てくれたってのに、身体がボロボロでもうまともに動かないなんて……畜生、動け! 動けよッ!!」

 なんかロボットアニメっぽく苦悶しとるが、身体のクレームは自分の仲間につけてほしい。ほらあの、なんだっけあの。

 我が躍起になって思い出そうとしていると、勇者の傍らにまた誰かが現れた。ガションガションと駆動音を響かせ、倒れ伏す勇者に手を差し伸べる人影――いや、あれは、ロボ影? あれは勇者と同じ型の機体ではないか?

「ヒャハハハッ!! 情けないですねェ勇者くん……!! ジャンクになるにはまだ早いでしょう? その程度ならいくらでも私が造り直して差し上げますからねェエ!!」

「お前は……お前はマッドサイ・エンティス――!!」

「貴様かァア――――!!」

 我はマッドサイなんちゃらに向けて全力ツッコミ魔力弾を連続でおみまいした。せっかくの勇者と魔王の決戦をなんかアーマードなコアっぽくしたとかそういう恨みもあるが、とりあえずアレは生かしておくと本当に色々良くないと思う。

 しかし――

「ごっつぁんです」

 力士に防がれていた。お前盾役タンクとして強すぎるだろ!! 力士要素どこだよ!!

「77hyrC\ペヌ、私達が魔王を食い止めます。貴方は今のうちに勇者の修復を」

「ヒャハハハッ、いいでしょう!! さぁ勇者クン! また私が最強の兵器オモチャにしてあげますからねェ~!!」

 宇宙人と力士は勇者を護るように我が前に立ちふさがり、例のアイツは精密作業用と思しきアームユニットを触手のように操って勇者の機体を修理し始める。

 あれ。まずい。これ旗色よくない。何がよくないって――

「そうだ……俺には仲間がいる。こんなにも頼もしい仲間たちが……!」

「どすこい」

「uu;naf=22ヴイイ」

「ヒャハハハァ!!」

「魔王! 俺に聖剣の力なんか必要ない。仲間との絆――これこそが俺の、勇者の本当の力なんだッ!!」

 そらみろ!!

 テーマソングのオーケストラバージョンが流れ出しちゃったではないか!!

 このメンツでだぞ!? いいのかこれで!?

 我は普通に嫌です!! いーやーだー!!

 我は負けるわけにはいかんのだ!! この世界観を守るために――ッ!!

 

 そして我は普通に負けました。

 とどめの一撃は力士のツッパリでした。アイツ本当に何?

 長い戦いが終わり、勇者は肩で息をしながら蒸気を噴出しながら倒れ伏す我を見下ろした。

「魔王……わかっただろう。これが、人間の力だ……」

「ああ……そういうことか……」

 勇者の言葉を我は理解した。我は人間の力に敗れたのだ。

 まぁ力士しか人間いないしな……。それなら納得であるわ。

 いやじゃあなんで人体捨てたんだよお前とか、勇者の剣ってなんだったんだよマジでとか、そもそも魔王の攻撃を四股で防ぐ奴は人間じゃないだろとか、滅びゆく肉体に新たなるツッコミが湧いてくる。

 そうだ、まだ終わるわけにはいかぬ。せめてこの世界に呪いを遺して逝ってやるとしよう。

 魔王ってそういうものであるからね。

 我はスモウに痛めつけられてボロボロになった身体をなんとか起こして立ち上がり――そして、最期の言葉を口にした。

「だが、これで終わったと思うな勇者よ。この世に悪のある限り、いずれ第二第三の魔王となる者が現れるであろう。我にはそれがわかるのだ」

 いやマジでわかる。この後の展開、魔王には読めてます。みんなも読めてるっしょ?


 そして我が倒れ、勇者が世界を救った数年後。

 人類は悪の化身マッドサイ・エンティスの造った機械兵帝国によって支配されたのであった。

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