第24話「煙の追跡、悪意の残り香」

 雑貨店の休憩室。簡易的なソファで、あおいがゆっくりと目を覚ました。頭がぼんやりとして、まるで長い夢から覚めたような気だるさが残っている。


「ん……あれ? 私、なんでこんなとこで……。そうだ、つむぎちゃん!大変なの、街が…!」


 慌てて起き上がった葵は、隣で静かに座っていた紡の顔を見て、申し訳なさそうに言った。


「ごめん! 私、また何かやっちゃった…?あんまり覚えてないんだけど、すごく気持ちよく寝てた気がする…」


「……ううん。もう大丈夫。でも、あれはただの人騒がせじゃない。何か、別の目的がある気がする」


 紡の言葉には、前回の憊の襲撃で感じた、奇妙な違和感が滲んでいた。

 そこへ、休憩室のドアがノックされ、雑貨店の店長が安堵の表情で入ってくる。


「桜井さん、気づいたかね。いやあ、街中大パニックだったよ。君も疲れただろう、今日はもう上がっていいからね」


「あ、ありがとうございます…」


 葵は、まだ少し気だるさが残る体を引きずり、紡と共に店を出た。


 街は元の日常を取り戻しつつあったが、はいが残した微かなキセルの香りが、まだそこかしこに漂っていた。


「この香りはただの匂いではない。奴の力の残り香じゃ。これを辿れば、異形衆の尻尾を掴めるやもしれん」


 祖父の提案に、葵が「追跡するの!?」と声を上げる。


「でも、どうやって?こんなに街中に匂いが混じってちゃ…」


「……この子に、お願いする」


 紡はそう言うと、葵に預けていた「うずらのぬいぐるみ」を受け取った。



 人通りの少ない裏路地。紡は、うずらのぬいぐるみの額に、ろくろ首の布の端切れから作った小さな黒い「探索の頭襟ときん」を結びつけていた。


(うずらさんの『真実を見抜く力』と、ろくろ首の『痕跡を探す力』。【ものけまとい】で、二つの力を一つに……)


 紡が頭襟にそっと触れ、祝詞のように集中して力を込めると、うずらのぬいぐるみの目が鋭く光る。うずらは、まるで猟犬のように鼻をクンクンさせ、憊の残り香が示す無数の痕跡の中から、一際強い悪意を放つ流れを正確に捉え、特定の方向へと歩き始めた。


「こっちだ!この悪意の先に行けば、本体にたどり着ける!」


「おー! すごい、動き出した!」


 一行は、うずらに導かれ、街の喧騒を離れ、より暗い裏側へと足を踏み入れていく。


 やがてたどり着いたのは、不気味なほど静まり返った廃能楽堂だった。中へ足を踏み入れた瞬間、バタン!と入り口が独りでに閉ざされ、そこは憊が張った煙の結界と化す。

 舞台上にもやがかかり、そこからこれまでに戦った怪異や、空亡くうぼうの幻影が次々と現れ、紡のトラウマをえぐるように襲いかかってきた。


「うわっ、またこいつらか!」


 壁や天井から、憊の気だるげな声が響き渡る。


「やあ、追ってきたんだ。感心だけど、無駄だよ。僕のアジトはここじゃない。これはただの置き土産。面倒だから、これ以上追ってこないでくれるかな?」


 次々と襲い来る幻影に、紡は苦戦する。特に、両親の顔をした空亡の幻影が「なぜ助けてくれなかった」と囁くたびに、心が軋むように痛んだ。


「くっ……!」


「惑わされるな、紡! 全ては幻じゃ! お前が乗り越えてきた絆を、想いを、信じるのじゃ! うずらの力で結界の核を見つけ出せ!」


 祖父の叫びに、紡は冷静さを取り戻した。目の前の幻影は、過去の自分の弱さの表れだ。もう、囚われるわけにはいかない。

 紡がうずらに意識を集中させると、頭襟を纏ったうずらは幻影に惑わされることなく、結界の中で一際強い悪意を放つ一点を正確に見抜いた。


「核は、舞台の中央に置かれた、あのキセルだ!あれが、この幻影を生み出す元凶だ!」


 うずらが指し示した先へ、紡は鎧武者を突撃させる。


「お願い!」


 鎧武者がキセルを一刀両断すると、幻影は悲鳴と共に消え去り、結界は霧散した。



 静けさを取り戻した能楽堂。破壊されたキセルのそばに、焼け焦げた一枚のメモが落ちているのを葵が発見した。


「ねえ、これ見て!何か書いてあるよ!」


 メモには、憊の走り書きで、こう記されていた。


『四天王の役割分担(面倒だからメモ)』

百目もくめ…監視網の構築、情報操作担当。趣味は人間観察(悪趣味)。』

赤誠せきせい…物理戦担当。脳筋。忠義に厚いが、それ以外はポンコツ。』

白刃はくじん…遊撃・粛清担当。正義厨で一番面倒くさい。命令無視の常習犯。』


「ほう…他の四天王の情報か。憊の奴め、追跡を撒く罠を張ったつもりが、うっかりとんでもない置き土産をしていったわい。面倒くさがりな性格が仇となったようじゃな」


 祖父が感心したように言う。異形衆という組織の輪郭を初めて掴んだ紡たち。しかし、それは同時に、次なる強敵たちの存在を明確に知るということでもあった。一行は、手にした情報を元に、次なる戦いへの警戒を強めるのだった。

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