第4話 別れは突然に

「こ、殺すのはやり過ぎじゃないかな?」


「そうですか?では手足の二、三本は潰しておいた方が良さそうです」


「えっ……そんな」


 影壱号は真顔で怖いことばかり言います。本当にそんな非人道的なことをしようとしてるんでしょうか?そして、それはもしかしたら宿主である僕の本心かもしれないのです。ブルリと体が震えます。


「何ここまで来てビビってんだ?馬鹿じゃねぇのかテメー」


 突然そんな声が廊下から聞こえてきて、僕がそちらの方に目を向けると、俯いていた宮本さんの顔が上がっており、僕の方を真っ直ぐ見ています。


「こっちだって、お前助ける為に覚悟してんだ。別に命取られたって化けて出やしねぇよ」


 覚悟?僕を助ける為にこの人は自分の命を投げうっても構わないというのだろうか?


「痛てぇなクソが……どっこいしょ」


 立ち上がる宮本さん。立ち上がる際に足元がふらついているので、先程のダメージはまだ抜けていないようです。立ち上がった敵を倒すために影壱号が武器を構え直しました。


「主よ、あの者を殺してしまって構いませんね?アレは殺さないと止まらないタイプの人間です」


 どうして僕に聞くのだろう?殺したければ勝手に殺してくれ……僕に生殺与奪を任せないでくれ。


「了解しました、では私の独断であの者を殺します」


 また心を読まれた様で、影壱号は自分の意思で殺すと言ってくれた。だがそれはとても情けないことだということを僕は知っていました。


「小野 颯太。また逃げたな。辛い現実から目を背けて、見て見ぬフリってか?そいういうのクセになるからやめた方が良いぞ。メチャクチャ格好悪いからな」


 人の痛いところを突いて来る宮本さん。この人本当になんなんだろう?腹が立つけど、本当のことだから何も言い返せない。

 とりあえず僕は最終警告を彼女に出すことにした。


「宮本さん、早く帰って下さい。でないと影壱号がアナタを殺します」


 僕がそう言うと、宮本さんはプッと笑いながらこう返してきました。


「笑わすな、私が殺されたとしたら、それはお前に殺されるんだ。責任転嫁してんじゃねぇ……まぁ、私は死なないけどな」


 ギュアアアアン‼と、また宮本さんの我儘丸とかいう刀の刃が回転を始めました。音がうるさくて会話することもままなりません。


「行くぜぇええええええええええええええ‼」


 駆け出し始める宮本さん。まだそんな元気が残っていたのが不思議なくらいですが、影壱号は慌てた様子はありません。彼女は完全に宮本さんの動きを見切っており、如何なる状況においても宮本さんを刺し穿つことが出来ると考えているのです。


「喰らえ‼この暗黒騎士女‼」


 宮本さんの左からの刀の一閃。これに対して影壱号は即座に対応して、左手の盾を構えます。これで宮本さんの攻撃を受け止めて、右手の槍で宮本さんを突き刺す算段なのでしょう。僕は目を閉じたくなりましたが、先程の宮本さんの「お前に殺されるんだ」という発言が耳にこべり付いていて、目を閉じることはできませんでした。 

 こうなると戦いの行方を見守るしかありません。

 宮本さんの刀の刃が盾にぶつかります。その時、衝撃音が鳴ると思ったんですが、何故か音は鳴らずに、そればかりか刃が盾も影壱号の体もすり抜けて行きました。これには僕も影壱号も何が起こっているか理解できませんでした。


「狙いはそこだぁあああああああ‼」


”スパン‼”


 宮本さんが斬ったモノ、それは影壱号の後ろにあった。僕と影壱号を繋いだ細長く伸びた影のパイプでした。僕はその瞬間、自分達が負けたということを悟りました。


「ぐっ‼クソが‼」


 口調が荒々しくなるほどに影壱号は狼狽していました。影のパイプを斬られたとなると、僕らは分断されてしまい、影壱号はその姿を保てなくなります。ですが影を斬るなんて普通は出来ないんですが、あの刀は一体どうなってるんでしょう?


「あ、主様、お逃げください‼」


 僕の方を向いて影壱号はそんなことを言うけれど、僕には戦う気力も逃げる気力も残されていませんでした。それは何も戦闘に負けたからだけではありません。逃げて逃げて、こんな場所で隠れておままごとをするのに疲れてしまったのもありました。


「影壱号、今までありがとう……さようなら」


 僕は涙目になりながら、この十年支えてくれたパートナーに別れを告げます。すると影壱号も泣き出しそうな顔で何か言いたそうにしていましたが、パッと煙の様に消えてしまいました。結局のところ、彼女は僕の操り人形だったのか、それとも彼女は彼女の意志を持っていたのか、それは分かりませんが、僕の告白にOKをくれたあの笑顔を嘘だとは思いたくありませんでした。

 



 



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